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76.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(76)

この思い出シリーズに証しする記事の配信を、私の霊、心に宿り住んでいてくださる聖霊様との親しい人格的な交わりを喜び楽しみながら、


また、聖霊様によって、「黙想:魂の知性の領域において、左脳を通して、思考することに重点に置いて思い巡らすこと」と、


「観想:魂の感情の領域において、右脳を通して、感じることや味わうことに重点を置く感性(リアルな実感)」とを用いながら、神の視点で、また、「神問神答」し、聖霊様に導かれながら、現在進行形で行なっているのですが、


ある日の就寝時に、突然、聖霊様が、過去のある時に、主が私にしてくださったことを思い起こさせてくださったのです。


これは、外出しようとする時や、どこかの場所での時などに、何かの忘れ物を、突然、聖霊様が、気づかせ、思い起こさせてくださることがあって、何度も助けられる体験をすることがありますが、それとは違って、


こういう時というのは、「まぁ、明日の朝でもいいや」と思って、書き留めることなく就寝してしまうと、次の日の朝を迎えると、忘れてしまっていることが多くあることを、皆、経験済みだと思います。


その時というのは、起き上がって、書き留めておくと良いのです。思いがけない何か大切なこと、重要なこと、出来事、メッセージ、アイデア、ヒント、示し、教訓、聖書のみことばの真理の悟り、神様からの返答などを啓示してくださることがあるからです。


そして、そういう時というのは、突然に起こることなのですが、一概にはそうだとは決めつけることは出来ませんが、しかし、よーく考えてみますと、そのことが起こる以前に、何かを思い巡らしていたことがあった後のある日、ある時に起こることが多いように思うのです。


その時に、聖霊様が思い起こさせてくださったことを尊重し、感謝して、起き上がって書き留めることを選択するか、あるいは、「まぁ、明日の朝でもいいや」と、言って、そのまま就寝して書き留めないことを選択するか、こちら側の二者択一にかかっています。


聖霊様のご神格は、神経質なお方ではなく、私たちの自由意志を尊重されるお方なので、無理強いされるお方ではないことを感謝しますが、


正直に言いますと、私は、今までの人生において、「まぁ、明日の朝でもいいや」と、言って、そのまま就寝して書き留めないことを選択してきたことが多くあったことを思わされます。


でも、この時は、私は起き上がって、書き留めるという選択をしたのです。


それは、私が、この思い出シリーズを配信する証しの内容のことを、ずーっと思い巡らしていたからです。そして、今から分かち合う証しの内容を、聖霊様が思い起こさせてくださったのです。


それは、ある暑い夏の時期に起こった出来事のことです。N葬儀社の仕事の関係で、千葉県の酒々井市にある教会に出かける時のことでありましたが、


ちょうど、船橋の入口の高速道路料金所を通過しようとする直前に、突然、サイフを持ってくるのを忘れて来たことに気づかされたのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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