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14.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(14)

前回からの続き


というのは、エレミヤ28:9節に「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、本当に主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」とありますように、


神様から出た預言者か、また、神様からの預言かどうかの見極めは、預言者のことばが成就するかどうかが判断基準のために、それが、どのような結果に至るのか、どのような結末を迎えるのかを見守るための、プロセスの期間が必要とされるからです。


臨は、小学生の頃までは、船堀の教会学校と、私たちと一緒に大人の礼拝にも出席していましたが、中学生になってからは、野球部に入部するようになり、試合が日曜日のこともあって、それ以来、教会学校と大人の礼拝には全く出席しなくなったのです。


また、臨は、高校生の頃には、恥ずかしいことであり、事実のことでありますが、私たちが、よく夫婦喧嘩をしていたこともあって、「お前たち、離婚しろ」と、私たち両親に向かって、大声で怒鳴ったこともありました。


そのような状況と状態であったので、私たち両親に対して、敬う気持ちや姿勢は全く見られず、また、私たち両親の言うことは全く聞かず、家の手伝いも一切せず、また、下の弟の二人に対しても、横柄な態度で接していたのです。


これから分かち合う、ある一連の出来事があった後の臨が回復途上のある時に、私たち夫婦が、よく喧嘩をしていたことで、臨を含め3人の子どもたちが、心の傷を負っていたのだと、


二人の弟の気持ちも代弁して、心の中にある思いを包み隠さずに正直に打ち明けてくれたのです。私は初めて、そのことを聞かされて、知らされたことであったのです。


私は、情緒的に鈍感で、私たちの夫婦喧嘩で、子どもたちに、心の傷を与えていたとは、気づいていなかったのです。


臨は、高校までは、自宅から通っていましたが、大学に入ってから、下宿生活をするように導かれました。


そのような大学生活の中で、私たち両親と家族の関係と、船堀の教会との関係は、疎遠状態がずっと続いたのです。


そして、それから4年の歳月が経過した大学4年生のクリスマスの時期でしたが、これから、私が、クリスマス集会のメッセージを語ろうとして、講壇に向かおうとする矢先の午後7時頃でしたが、臨から電話があったのです。


その時には電話には出ることが出来ず、集会を終えて自宅に戻ると、再度、臨から電話があったのです。


電話を取ると、電話口から、臨の歯の音が「ガチガチ、ガチガチ」と聞こえたのです。臨は、声を震わせながら、「お父さん、授業の途中で、急に動悸が激しくなって、気分が悪くなったんだ。


食堂も入れないし、電車にも乗れない状態なんだ。パソコンで検索すると、パニック障害と同じ症状なんだ。そのことを知って、更に恐れと不安が強くなったんだ。眠れないんだけど、どうしたらいい」という相談であったのです。


「では、私がそちらに行こうか」と言ったのですが、「いや、自分が実家に帰る」と言ったので、「では、イザヤ41:10節の「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。


たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る」という、この聖書のみことばを、心で口ずさみながら、電車に乗って来なさい」と勧めたのです。


それまで、臨は、その極度の恐れと不安を抱え込んで、ある期間ずっと我慢して耐えていたのですが、もう、人間的には、どうしようもない、どうにもならないお手上げ状態に陥って、藁をもつかむ思いで、私に電話してきたのです。


神様は、私たちの人生にも、このような人間的には、どうしようもない、どうにもならないお手上げ状態に陥って、藁をもつかむ思いを抱かせられる機会を用意されておられるのです。


それは、IIコリント4:8〜9節「私たちは四方八方から苦しめられますが、窮することはありません。途方に暮れますが、行き詰まることはありません。迫害されますが、見捨てられることはありません。倒されますが、滅びません。」という、このみことばの恵みの体験に預からせるためです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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