69.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(69)
- funaborigracechape
- 2 日前
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66の船堀の教会での懐かしい思い出の中で、
あなたも、自分の願望のお祈りを、神様が叶えてくれないと、神様に失望して、「自分は、神様から愛されていない」と、いう思いに支配されて、神様も人も、誰も自分のことをわかってくれないと、人知れず、孤立に陥って、寂しい思いの中にあって、落ち込んでいることはないでしょうか。
「目に見えない神様は、私のことを愛していない」と、感じる時には、今までの人生において、どれだけ、多くの方々(ノンクリスチャンも含む)を通して、その多くの方々とともに、神様があなたのことを心を留めて、愛してくださって来られたのか、
また、現在、どのような方々を通して、どのような方々とともに、神様があなたに心を留めて、愛されておられるのかを思い巡らすことをお勧めしたいと思うのです。
と、ブログに配信させていただいたことに関して、皆様方がそのことを思い巡らす参考の一例になればと思い、私自身の過去に関わる方とのことを思い巡らして見たことを分かち合いたいと思います。
私は生来、人見知りで、あがり症で、赤面症で、口下手で、人前で話すことが大の苦手で、小心者で、対人恐怖症であり、特に、女性への対人恐怖症が強かったのです。
自分の方から他人に声かけが出来ない私が、愛知県の電機会社の職場の寮生の初対面のH兄から、無料で英語を教えてくれるという誘いを受けて、同県にある母教会のS教会に導かれたのです。19歳の時でした。
礼拝が終わって、昼食の時のことですが、当時、N大学の助手であった30代の若いS先生が、「若木君、あなたの昼食の分も用意して持って来ているので、こっちに来て一緒に食べましょう。」と、声をかけてくださったのです。
S先生と奥様と、そして、二人のお子さんの5歳のKちゃんと3歳のM君と一緒に、まるで、私を家族の一員のようにして、温かく迎えてくださったのです。
次の週も、また、次の週も、「次回からは、自分で昼食の準備の用意をして来てください」とは、一切言われないで、毎週、毎週、そのS先生ご家族と一緒に、私の分まで用意してくださった昼食をいただいたのです。
当時は、私は、S先生ご家族が、私のために親切に、毎週、昼食の用意をしてくださったという思考と理解でしかなかったのですが、
50年以上経過した今は、神様が、S先生ご家族を通して、また、S先生ご家族とともに、そのような生来の弱さを抱えたあるがままの私を心に留めて、昼食の用意をされて、私を受け入れて愛してくださっていたのだという思考と理解に変えられているのです。
また、こんなこともありました。19歳でイエス様を信じたことで、当時、特に浄土真宗に熱心で、仏壇に毎日お供え物をして拝んでいた母との関係が、険悪な雰囲気になったことで、教会からそっと離れようとした時に、
S先生が、三週間にわたって、私の寮まで訪ねて来てくださったおかげで、教会に戻ることができたのです。
このことも当時は、S先生が、私のことを気にかけてくださり、私の寮まで三週間にわたって訪ねて来てくださったという思考と理解でしかなかったのですが、
50年以上経過した今は、神様が、S先生を通して、また、S先生とともに、教会からそっと離れようとしていた私を心に留めて、寮まで訪ねて来てくださり、愛してくださったそのおかげで、教会に戻ることができたのだという思考と理解に変えられているのです。
エペソ3:17〜19節「信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、
すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。」
次回に続く
ハレルヤ!
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