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67.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(67)

前回からの続き


「M姉を偲ぶ会」に出席出来ませんでしたが、D姉からのM姉との思い出のLINEが届きましたので、それを今回、分かち合いたいと思います。



本当は私も参加させていただくつもりでしたが、昨日から咳がひどく出るようになってしまったので、LINEにて、思い出をシェアさせてください。


子どもが生まれる前は、Mさんとは、年に数回お出かけしたり、ランチをしたりする関係でした。


以前、Mさんが銀座の病院に行く際、私も一緒に付き添い、その後、銀座の街をお散歩し、ランチをした事がありました。


銀座の優雅な景色を見て、「あれ素敵ね。あの人素敵ね。」などと、目をキラキラさせている姿は、まるで20代の女の子のようでした。


Mさんは私よりも年上でしたが、中身はキラキラした若い20代の純粋な女の子のように感じられる事がよくありました。


ある時、2人でお蕎麦を食べに行き、私は天ぷらとざる蕎麦のセットを頼みました。Mさんは私の茄子の天ぷらをなんとなく欲しそうにしていたのですが、


私も茄子の天ぷらが大好きだったので、私が食べてしまいました。Mさんには確か、かぼちゃかさつまいもの天ぷらをあげました。


YさんからMさんが亡くなったとLINEが来た時、「あの時、茄子の天ぷらをあげていれば良かった」と、今更ですが思い出しました。


その後、私は妊娠して、その直後にはコロナが広まり、自分自身の事でいっぱいいっぱいになってしまいました。


Mちゃんが生まれてから、2〜3回くらい、Mさんのご自宅に伺った事がありました。


1回は、確かMさんにお誕生日プレゼントを届けに行ったと思います。Mちゃんを連れて、ベビーカーで歩いて行きました。


Mさんは満面の笑みでベビーカーにいるMちゃんに「Mちゃーん」と声をかけてくれました。


お誕生日プレゼントを届けた事がとても嬉しかった様子で、私も物凄く嬉しい気持ちになれたのを覚えています。


Mちゃんが保育園に行き出した頃、教会で「Mさんの調子が悪い」と聞きました。私は、Mちゃんが保育園に行く日で、ちょうど私のお仕事がお休みの日があり、Mさんに電話をかけてランチに誘いました。


すると「調子が悪いから」と断られました。Mさんにランチを断られたのは初めてのことでした。


私は「ランチに誘えばきっと来る。そして少しは気分転換になるはず。」と軽く考えていたので、その時初めて、その深刻さに気づきました。


祈りつつも、自分の生活でいっぱいいっぱいだった私は、祈る以外に何もすることができず、「教会の皆さんがいるから」と、人任せにしてしまっていました。


事あるごとに、「そうだ、今度Mさんをここに誘おう!」と思いつつも、なんだかんだで行動に移せないまま、時間ばかり過ぎてしまいました。


私の勝手なイメージか分かりませんが、Mさんは、この地上で本当に苦しみ続けた方だったように思えます。


亡くなってしまい、ショックなのですが、今、Mさんは、神様に抱きしめられ、平安と喜びに満ちているかと思うと、本当に良かったと思います。


「本当にお疲れ様。ゆっくり休んで、幸せを噛み締めてね。」そう伝えたいです。



「M姉を偲ぶ会」に出席された方の中で、一人のT姉が、M姉は、ただ、苦しい人生だけだったのではなく、楽しみもたくさん経験されたと証しされていました。


T姉も、M姉と一緒に、銀座に出かけて、ランチや、ウィンドー・ショッピングなどもされていたことも証しされていました。


神様は、M姉に、T姉、D姉を初め、他の姉妹方との楽しみも与えてくださっておられたのです。


伝道者の書5:18〜19節「見よ。私が良いと見たこと、好ましいこととは、こうだ。神からその人に与えたいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦にあって、良き物を楽しみ、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。


実に神は、すべての人間に富と財を与えてこれを楽しむことを許し、各自が受ける分を受けて自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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