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64.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(64)


前回からの続き


三つ目は、M姉は、人間的には貧しい生涯ではありましたが、神様に名前を覚えられていた人でありました。


2024年7月10日(水)に、M姉を偲ぶ会を行いました。本来であれば、船堀の教会で葬儀を執り行いたかったのですが、ご遺族のご意向で、家族葬で行いたいとのお申し出を受け、叶わなかったからです。


通常の葬儀のように、聖歌から、「つみとがをにのう」、M姉の愛唱歌の二曲の「山はみどり」と、「救い主イエスと」、そして、最後に、「今さりゆくなれを」を賛美して、葬儀のメッセージを行ったのです。


葬儀メッセージの聖書箇所は、ルカ16:19〜25節と、ヨハネの黙示録21:1〜4節からでした。


ルカ16:19〜25節「ある金持ちがいた。紫の衣や柔らかい亜麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。その金持ちの門前には、ラザロという、できものだらけの貧しい人が寝ていた。


彼は金持ちの食卓から落ちる物で、腹を満たしたいと思っていた。犬たちもやって来ては、彼のできものをなめていた。しばらくして、この貧しい人は死に、御使いたちによってアブラハムの懐に連れて行かれた。金持ちもまた、死んで葬られた。


金持ちが、よみで苦しみながら目を上げると、遠くにアブラハムと、その懐にいるラザロが見えた。


金持ちは叫んで言った。『父アブラハムよ、私をあわれんでラザロをお送りください。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすようにしてください。私はこの炎の中で苦しくてたまりません。』


するとアブラハムは言った。『子よ、思い出しなさい。おまえは生きている間、良いものを受け、ラザロは生きている間、悪いものを受けた。しかし今は、彼はここで慰められ、おまえは苦しみもだえている。』


そればかりか、私たちとおまえたちの間には大きな淵がある。ここからおまえたちのところへ渡ろうとしても渡れず、そこから私たちのところへ越えて来ることもできない。」


この聖書箇所からわかることは、人の死後の行き先は、アブラハムの懐か、よみの二つであるということです。そして、クリスチャンであっても、この地上では貧しい生涯を送る人もいるのだということです。


この聖書箇所から特に、私の心に留まったことは、ある金持ちという金持ちの人にも名前があったはずでありますが、不思議なことに、名前は一度も記されていないということです。19〜25節において、金持ちということばが、6回出て来るだけです。


しかし、お金持ちの人とは対照的に、貧しい人には、ラザロという、その貧しい人の名前が、はっきりと記されているということです。19〜25節において、ラザロという名前が、5回も出て来るのです。このところが、特に、私の心に留まったのです。


金持ちの人には、名前が記されておらず、貧しい人には、ラザロという名前が記されているという、この違いは何でしょうか?


それは、ルカ10:20節に、「しかし、霊どもがあなたがたに服従することを喜ぶのではなく、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」と、ありますように、


金持ちの人の名前は、天に書き記されておらず、貧しい人のラザロという名前は、天に書き記されていたからです。その人の名前が天に書き記されているか、いないかの違いであったのです。


では、どうして、金持ちの人の名前は、天に書き記されないで、貧しい人のラザロの名前は、天に書き記されていたのでしょうか?


それは、ヨハネ1:12〜13節「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。


この人々は、血によってではなく、肉の望むところでも人の意志によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」と、ありますように、


金持ちの人は、死後の前、生前において、罪からの救い主であるイエス・キリスト様を信じ受け入れることをせず、拒絶する意思表示の決断をしたことで、


神によって生まれる神の子どもとなる特権を得ていなかったので、天に金持ちの自分の名前が書き記される恵みを受け損なったのではないでしょうか。


一方、貧しい人のラザロは、死後の前、生前において、罪からの救い主であるイエス・キリスト様を信じ受け入れる受容する意思表示の決断をしていたので、


神によって生まれる神の子どもとなる特権が、すでに与えられていたから、ラザロの名前が、天に書き記される恵みを受けていたのではないでしょうか。


そのために、金持ちの人は、よみに、貧しい人のラザロは、アブラハムの懐へ導かれたのです。


同じように、この地上生涯は、貧しいM姉でありましたが、死後の前、生前において、罪からの救い主としてのイエス・キリスト様を信じ受け入れる受容する意思表示の決断をしていたことで、


神によって生まれる神の子どもとなる特権が、すでに与えられていたから、M姉の名前は、天に書き記される恵みを受けていたので、主の御許に召されたのです。


ヨハネの黙示録21:4節「神は彼らの目から涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも、叫び声も、苦しみもない。以前のものが過ぎ去ったからである。」と、ありますように、


神は、M姉の74年間にわたる蓄積された涙、悲しみ、叫び声、苦しみの、この地上から完全に解放され、全き愛と喜びと平安に満ちた主の御許に移してくださったのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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