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63.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(63)

前回からの続き


二つ目は、M姉は、心に優しさがある人であるとともに、心に傷を負っていた人でもありました。


船堀の教会員のある方々が、M姉は、心優しい人であったと異口同音に言われます。確かに、ある兄弟姉妹方や、子どもたちには、笑顔で、実に優しく接しておられた姿を思い出すことができます。


しかし、特に、私とY伝道師に対しては、怒りや憎しみの感情を爆発され、荒々しい、刺々しいことばを投げかけられていたことも事実でありました。勿論、背後に、サタンからの口撃であったことも感じて知ってはいましたが。


M姉は、「この人に、自分の怒りや憎しみの感情を爆発させると、この人はダメージを受けるだろう。でも、この人に自分の怒りや憎しみの感情を爆発させても、この人なら大丈夫だろう」と、いう分別があったように思います。


そのように、M姉は、優しく振舞う必要のある人と、自分の感情を吐き出しても大丈夫な人とを分別し、見極めていたように思うのです。


M姉ご本人から、生育歴において、ご両親とお兄様から、ことばや身体への暴力の虐待によって、心に大きな傷を受けられていたことを聞いて知っていました。


そして、何度か、心の傷の癒やしのために、十字架の贖いの恵みを通して、聖霊様と聖書のみことばによるミニストリーを行ったことがありました。


心の傷の癒やしは、聖霊様の恵みによって、加害者の相手を赦すという選択をすることによって起こるのです。


聖霊様の恵みによって赦すという選択の行為は、被害者である自分の心に傷を与えた加害者の相手に対する復讐を、自分が放棄する選択をすることであり、


また、正しいさばきをなさる神様のご判断にお預けする、お任せする、お委ねするという決断の意志表示の行為であり、


その結果、自分が霊的束縛から解放され、自由にされるのです。自分の霊的束縛からの解放と自由のために、つまり、自分を愛するために、聖霊様の恵みによって赦しを選択する決断の意志表示が必要なのです。


M姉の場合は、心に受けた傷の結果、聖霊様の恵みによって赦すという選択の決断の意志表示をされないで、肉によって赦さないという選択の決断の意志表示をし続けられたことや、心の病のゆえに、また、服用されておられた薬の影響や、悪霊の働きかけによって、


聖書の真理のみことばの霊的悟りや、識別や、分別や、洞察が妨げられて、悪霊の要塞が打ち砕かれることなく、蓄積された心の傷から出る陰性転移(幼児期に親などに対して抱いていた悪い感情を他人に吐き出すこと)を、私とY伝道師に対して行っていたのです。


私たちも、自分の心の傷から出る陰性転移を、他人に対して行うのではなく、イエス様が十字架で、私たちの罪と心の傷をすでに負ってくださり、処理してくださったという聖書的真理を、


聖霊様の啓示によって、心の目が開かれ、気づきが与えられ、悟らされることによって、霊的束縛から解放され、自由にされるのです。


ヨハネ8:31〜32節「あなたがたは、わたしのことばにとどまるなら、本当にわたしの弟子です。あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」と、ある通りです。


しかし、例え、M姉に聖霊様からの啓示によって、聖書のみことばの真理の悟りによる霊的束縛からの解放と自由がなかったとしても、次の聖書のみことばによりますと、


M姉の罪も、心の傷もともに、イエス様が、十字架で負って処理してくださったことで、罪の赦しと、心の傷の癒やしを、実はすでに受けておられていたことが分かります。


イエス様は、罵られ、のけ者にされて、M姉を初め、私たちの罪と心の傷を、十字架ですでに負ってくださっておられたのです。


イザヤ53:3〜6節「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔が背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。


まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。


しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。


私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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