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62.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(62)

前回からの続き


私と同じように、あなたも、現在進行形で、どなたかとの人間関係で、悩み、葛藤の最中にありませんか。怒りや、憎しみや、恐れの感情と、それに伴うイライラ、ビクビク、頭痛、不眠、食欲不振などの生理反応に支配されていませんか。


神様に、「相手を変えてください」と、祈ったり、執拗に、相手を変えようとしていませんか。


あなたも、その方に、「私に対して、どうして、そのような態度、行動を取っているのですか。」と、思い切って、尋ねて見ては如何でしょうか。


そうすることで、あなたの思考と行動を変えることが明確にされ、その方との新しい関わり方が生まれるかも知れません。そして、怒りや、憎しみなどの感情と、イライラ、頭痛、食欲不振、睡眠障害などの生理反応も癒やされ、回復されるかも知れません。


他人の言動は変えることは出来ませんが、その方との人間関係を通して、聖霊様は、あなたの思考と行動を変える機会として恵みを備えておられるのかも知れませんね。


ローマ12:2節「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心(マインド:思考)を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」


これから、私の個人的な見解ではありますが、幾つかの特徴を兼ね備えたM姉の人となりを、神の愛と恵みの視点で、分かち合いたいと思います。


一つ目は、M姉は、心の病を抱えて苦しみの中にあった人です。


ある時、ご本人から、20代の時に、心の病(統合失調症)を発症されたことを聞かされたことがありました。私が船堀の教会に遣わされた当初は、年に数回、余りの苦しさから、精神病院に入院されていました。


また、ご両親が亡くなられた後、実家で一人暮らしをしていましたが、「この家は、悪魔の住処のようだ」と、幾度も言われて、引っ越しをしたいと、しきりに言われたこともありました。


心の病の故に、幻聴、幻覚などにも非常に悩まされていました。また、薬を服用していましたが、極度の恐れや、不安や、心配、睡眠障害などにも、約50年もの長い年月にわたって悩まされ続けて来られたのです。


それが、どれほどの大きな苦悩であったことか、私たちには、計り知れない大きな苦痛、悲しみ、嘆き、うめきであったに違いありません。


ある時、ある精神病院に入院された時に、私たち夫婦で、お見舞いに出かけた時のことでした。「先生、私が精神病院に入院することのないようにお祈りしてください。


この精神病院が、私にとって、この地上で一番の地獄です。ここよりも、悪魔の住処である自宅の方が、まだましです。」と、言われたことがありました。


神様は、その地獄の苦しみを訴えた精神病院に関しては、M姉を憐れんでくださり、精神病院に入院する寸前の大きな苦しみの状態も、幾度かはありましたが、その後、召されるまで、精神病院に入院することがないようにしてくださったのです。


また、悪魔の住処と訴えた実家の件に関しては、M姉のお父様が生前に、M姉のお兄様に、M姉の全生活にわたる面倒を見るようにと、遺言を言い残されたことがあったようで、M姉のお兄様は、実家を取り壊して、集合住宅の建物を建てられ、


そのアパートから得られる賃料の一部を、M姉の生活費の充当にしようと考慮してくださったおかげで、M姉は、アパートの1階の一室に引っ越しを導かれたのです。


これらは全て、神様のお心と、御手から出た、M姉への愛と恵みの賜物であったことを証しできます。


神様は、M姉のお兄様を用いられて働かれ、M姉の生活に必要なあらゆるものを、天に召されるまで、すべてにわたって、満たしてくださったのです。


詩篇103:8〜14節「主は あわれみ深く 情け深い。 怒るのに遅く 恵み豊かである。主は いつまでも争ってはおられない。とこしえに 怒ってはおられない。


私たちの罪にしたがって 私たちを扱うことをせず 私たちの咎にしたがって 私たちに報いをされることもない。


天が地上はるかに高いように 御恵みは 主を恐れる者の上に大きい。東が西から遠く離れているように 主は 私たちの背きの罪を私たちから遠く離される。


父がその子をあわれむように 主は ご自分を恐れる者をあわれまれる。主は 私たちの成り立ちを知り 私たちが土のちりにすぎないことを 心に留めてくださる。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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