top of page

16.主からの最初の派遣先である小樽の教会における懐かしい思い出(16)

小樽の教会とは、赴任した当初は、3年契約でした。そして、3年の契約期間を終えて、次は、5年契約となりました。


但し、「若木先生が、5年の契約年数の途中でも、主の導きがあるのであれば、その時には、辞任されても結構です。」と、言ってくださったのです。


私は、教会形成において、悩みを抱えていた時に、韓国のソウルにあるS教会のO師からの研修を受けたことで、聖霊様によって、自分には、教会を形成して行く上で、弟子訓練を学ぶ必要があることに気づかされていたことでした。


そして、私たちの結婚を導いてくださったB師が、すでに、北海道を離れて、東京で、弟子訓練による教会形成の開拓伝道の働きをされていたこともあって、


韓国でのS教会での研修を受けていた時に、B師から、「一緒に協力して、東京で、弟子訓練による教会形成の働きをしませんか。」というお誘いを受けていたのです。


そのようなことの聖霊様の導きがあって、ある日曜日に、教会員の方々に、「私は、教会形成をして行く上で、どうしても、弟子訓練を学ぶ必要が生じましたので、辞任させてください。」と、お伝えしたのです。


ある役員の一人の方が、「弟子訓練を学びながら、この小樽の教会で、牧会は出来ませんか」と、言ってくださったのですが、東京で学ぶ必要があることをお伝えして、受容していただいたのです。


それで、二度目の契約の2年後の契約年数を3年残した時点で、つまり、小樽の教会を29歳から33歳までの5年間、牧会した後に、聖霊様によって、辞任に導かれたのです。


最初の牧会地であることもあり、若くて、経験の浅い、未熟さを強く覚える牧会の働きでしたので、小樽の教会の教会員の兄弟姉妹方に対して、


申し訳なさと、心残りの気持ちと、牧会に関して、失敗感の気持ちを抱いていたこともあって、長い期間、鬱鬱とした中にあったのです。


ところが、


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

最新記事

すべて表示
59.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(59)

今回から、しばらくの期間、船堀の教会のM姉に関して、分かち合うようにしたいと思います。 船堀の教会のM姉は、一人暮らしのアパート生活をされていましたが、2024年7月2日(火)に、ヘルパーさんが、M姉の自宅に訪問された時に、トイレの前で倒れていて、召されているところを発見されたのです。74歳の生涯でした。 M姉は、その二日前の6月30日(日)の礼拝に出席されなかったので、Y伝道師とY姉の二人が、礼

 
 
 
58.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(58)

前回からの続き 保険会社の方から、相手側とは、補償の問題が生じることも起こり得るので、コンタクトを取らないようにと、助言をいただきましたが、その女性のご両親に、お詫びの電話をしようと思って、主に祈ってから電話をしたのです。 お父様から、「私の娘に何をしやがった」と、言われるかも知れないという覚悟を持って、電話をしたのです。 早速、電話をしますと、お父様が、電話口に出られたのです。「私は、このたび、

 
 
 
57.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(64)

前回からの続き これら四つの聖書のみことば(イザヤ41:10、エレミヤ29:11、ヤコブ1:2〜5、Iコリント10:13)を通して、私の心と思いを、不安と恐れから、神の安心、平安に満たしてくださったのです。 まことに、サタンからや、他人からや、自分から来る不安と心配と恐れを抱かせる思考が、神から、聖書のことばから来る安心と平安に満たされる思考によって変えられる体験に導かれたのです。 それまで、人身

 
 
 

コメント


©2022 by 船堀グレースチャペル。Wix.com で作成されました。

bottom of page