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32.主から遣わされた四番目の東京の江戸川にある船堀の教会での懐かしい思い出(32)

前回からの続き


このように、聖霊様は、非常に落ち込んだ状態であり、しかも、短髪にされたこの方の父親からの心の傷と、精神的なパニック状態を癒やされただけでなく、この方を通して、お母様を救いに導かれたのです。そして、その方と、お母様も洗礼の恵みに預かったのです。


聖霊様が、H師を通して、「あなたは、バルナバ「慰めの子という意味」(使徒4:36節)です。この船堀の教会の基礎を建て上げるために、神によって遣わされました。」というものと、


もう一つは、「ヨセフが監獄に入れられたように、これから、あなたの身にも同じようなことが起こります。でも、それを嫌なこととして、嘆いてはいけません。


それは良いことで、祝福だからです。しばらくの期間の後、そこから、救い出される時が来ます。」というような私への個人預言でありましたが、


その預言された通り、全人的な監獄生活を経て、2000年にグレースネットという船堀の教会も含む6つの教会からなるネットワークの交わりが立ち上げられたのです。


その内の一つに、自分たちが属していた幾つかの教会から離れ出た信徒たちが集まる、新潟の教会がありましたが、以前、他の教職の方が、その新潟の教会に、月一回、関わっていましたが、


その教職の方の事情により、グレースネットを立ち上げられたO牧師に引き継ぎを頼まれたとのことでした。


当時、その無牧の新潟の教会に、最初は、O牧師とS牧師の二人の牧師が関わっていましたが、私にも協力するようにと声をかけてくださり、三ヶ月ごとに、日曜日の礼拝の奉仕に出かけるようになったのです。


新潟の教会は、当時、二グループに分かれていて、月一回の牧師が礼拝の奉仕に来られる時だけ、合同で礼拝を持ち、それ以外の週は、二グループが、別々の一ヶ所の家に集まって礼拝を守っていたのです。


私が当初、新潟の教会で奉仕に出かける度に、昼食時に、二グループが口論を始める始末であったのです。それで、責任者のO牧師に相談して、


二グループが、それぞれ平日の異なる水曜日と木曜日に、M姉とO姉の自宅でセル集会を持っていましたので、私は、日曜日の礼拝の奉仕ではなく、水曜日と木曜日のセル集会に出席するため、一泊して新潟に出かけることになったのです。


毎月一回、一年間通うことで、それぞれのグループメンバーの一人一人の言い分を、午前10時〜午後4時頃まで、同じことを何度も何度も繰り返して話されることがありましたが、


それほどまでに、心に大きな傷を受け、心に膿が溜まっているのだろうと思わされて、肯定もせず、否定もせずに、聖霊様による忍耐の恵みによって、ただひたすら、聞き続けさせられたのです。


両グループの言い分を聞き続けた一年後、チェンジングライフキャンプや、エリヤハウスで学んだことを用いて、彼らの潜在意識にある問題、心の傷と、自分の罪に対して気づかされるような関わり方に、聖霊様によって導かれたのです。


そして、その後、O牧師とS牧師と私の三人の牧師が一緒に集まった合同の集会で、彼らが、お互いに罪を認め、告白し、悔い改め、聖霊様のみわざによって、イエス様の十字架によって和解し、一つとされたのです。


次のような聖書のみことばがあります。マタイ18:19〜20節「まことに、もう一度あなたがたに言います。あなたがたのうちの二人が、どんなことでも地上で心を一つにして祈るなら、


天におられるわたしの父はそれをかなえてくださいます。二人か三人がわたしの名において集まっているところには、わたしもその中にいるのです。」


この聖書のみことばは、個人の一人の祈りでは不可能なことが、二人か三人の共同のチームの祈りによってかなえられることが約束されています。


新潟の教会において、一人の祈りと働きでは不可能なことが、三人の共同のチームで祈りつつ、協力して奉仕することにおいて、


その中におられるイエス様の不思議なみわざによって、その聖書のみことばの約束通りのことが果たされたことを、この目で見させられたのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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