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17.主からの最初の派遣先である小樽の教会における懐かしい思い出(17)

17.主からの最初の派遣先である小樽の教会における懐かしい思い出(17)


前回の最後の文章から再開します。


最初の牧会地であることもあり、若くて、経験の浅い、未熟さを強く覚える牧会の働きであったので、小樽の教会の教会員の兄弟姉妹方に対して、


申し訳けなさと、心残りの気持ちと、牧会に関して、失敗感の気持ちを抱いていたこともあって、長い期間、鬱鬱とした中にあったのです。


ところが、


M兄が、5歳の時から9歳の時までのその当時、私は、小樽の教会で牧会していたことになりますが、私が小樽の教会を辞任してから19年経過した28歳になったM兄から送られて来た、結婚式のプロフィールに、


座った状態で、私に肩を両手で抱かれている5歳の頃のM兄の写真付きで、私のことが記載されている文章によって、聖霊様は、失敗感を抱いて、気落ちしていた私を慰め、励まして、力づけてくださったのです。


そこには、M兄の好きなみことばである箴言3:5〜6節「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」


という聖書のみことばとともに、このような一文が記されてあったのです。


「小学生時代は教会にいくことは自然なことで、キャンプなどにも喜んで参加していた。そのころ両親が通っていた「小樽Tキリスト教会」では、若木末敏師を敬愛し、ある時、M兄は「僕は若木先生のようになる」と言う。この言葉を聞いて母•Fは、Mの将来の献身を確信し、祈り続けるようになった。」と。


このことは、私が、小樽の教会で、牧会している時にも、また、小樽の教会を辞任してからの19年後の52歳に至るまで、全く聞かされていなかったこと、知らないでいたことだけに、込み上げてくるものがありました。


そして、何と、M兄の奥様も、23年前(2001年)に、幾つかの教会の合同の集会で、私との出会いがあったと記載されていたのです。勿論、私もM兄と結婚する前のそのS姉を知っていたのです。不思議なことをなさる神です。


今までの人生を振り返って、過去のあることに関して、私のように、失敗感を抱いて、気落ちしている方がおられるかも知れません。


聖霊様が、それらの方々を、あらゆる慰めに満ちた神様体験の恵みに導いてくださいますように。


IIコリント1:3〜5節「私たちの主イエス•キリストの父である神、あわれみ深い父、あらゆる慰めに満ちた神がほめたたえられますように。


神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。それで私たちも、自分たちが神から受ける慰めによって、あらゆる苦しみの中にある人たちを慰めることができます。


私たちにキリストの苦難があふれているように、キリストによって私たちの慰めもあふれいるからです。」


Iコリント15:58節「ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。」


ハレルヤ!

 
 
 

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