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3.主から遣わされた三番目の東京の国立の教会における懐かしい思い出(3)

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国立の教会は、一階が牧師館で、二階が小集会室を含む礼拝堂でした。


私たちが、国立の教会に三年間奉仕させていただく中で、ホームレス生活をしている方々との関わりを持つように導かれました。


最初の関わりは、ある時期、一階にある会堂入口の玄関のドアを常時開けていた関係で、ある日の早朝、早天祈祷会に出席するために、二階の小集会室に入ったところ、30代のホームレス生活の男性が寝ておられたのです。


私もビックリしましたが、その方もビックリされて、「寝泊まりするところが無かったので、無断で会堂に入って申し訳ありませんでした」と謝られたのです。


私は、「日曜日と月曜日を除く、毎朝午前5時から早天祈祷会がありますので、それ以前の時間まで利用されても大丈夫ですよ」と、その方に伝えました。


そして、私たち家族と一緒に食事をするようにお誘いしたこともありました。その方は、離婚されたこと、また、その関係で、子どもたちとも別れたことなどの身の上話をしてくださったのです。


そして、しばらく、その方は二階の小集会室を利用され、私たち家族と一緒に食事をしていましたが、私たちの子どもたちを見ることで、別れた自分の子どもたちのことを思い出されて、


自分の子どもたちに対して申し訳ないという何とも言えない気持ちを抱いているのが感じ取れました。私たちは引き留めましたが、それ以来、来られなくなったのです。


また、教会に、食べ物を求めて来られるホームレス生活をしている方々も訪ねて来られていました。ある日、50代の男性が来られたことがありました。


ちょうどその時は、集会案内を8,000枚程作り、近辺の地域と国立駅前で配布し、本田弘慈先生をお招きして、特別伝道集会を行なうことになった時でした。


しばらくの短い期間、そのホームレスの男性を受け入れ、私たち家族と一緒に食事をするようにしました。そして、本田弘慈先生の集会にもお誘いし、その方も出席されて、


十字架の福音のメッセージを聞かれ、本田弘慈先生が救いの決心の招きをされると、その方は挙手されて、イエス様を信じ受け入れる決心をされたのです。


しばらくして、その方は、自分が長居することを、私たちに気兼ねをされて、私たちは引き留めましたが、「今までお世話になりました」と挨拶されて出て行かれました。私たちは、この時、寂しい気持ちを抱きました。


また、別のホームレス生活の方から聞かれたのか、50代のカップルの方が、食料品を求めて来られることもありました。


そのように、国立の教会の時には、ホームレス生活の方々との関わりを持つような恵みを受けたのです。


マタイ25:34〜40節「それから王は右にいる者たち言います。『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世界の基が据えられたときから、あなたがたのために備えられていた御国を受け継ぎなさい。


あなたがたはわたしが空腹であったときに食べ物を与え、渇いていたときに飲ませ、旅人であったときに宿を貸し、わたしが裸のときに服を着せ、病気をしたときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからです。』


すると、その正しい人たちは答えます。『主よ。いつ私たちはあなたが空腹なのを見て食べさせ、渇いているのを見て飲ませて差し上げたでしょうか。


いつ、旅人であるのを見て宿を貸し、裸なのを見て着せて上げたでしょうか。いつ私たちは、あなたが病気をしたり牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』


すると、王は彼らに答えます。『まことに、あなたがたに言います。あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、それも最も小さい者たちの一人にしたことは、わたしにしたのです。』」


エペソ2:10節「実に、私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト•イエスにあった造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをあらかじめ備えてくださいました。」


あなたので人生においても、神様は、そのような方々との関わりを持つように恵みを受けられたことがあるのではないでしょうか。


それは、神様が、その良い行いをあらかじめ備えてくださっていたという神様の恵みから出ていることなのです。


ハレルヤ!

 
 
 

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