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38.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(38)

前回からの続き


イザヤ53:3〜5節「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。


神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は私たちの背きの罪のために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。」


Iペテロ2:24節「キリストは自ら十字架の上で、私たちの罪をその身に負われた。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるため。その打ち傷のゆえに、あなたがたは癒やされた。」


ヘブル12:15節「だれも神の恵みから落ちないように、また、苦い根が生え出て悩ませたり、これによって多くの人が汚されたりしないように、気をつけなさい。」


ローマ13:1〜2節「人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられているからです。したがって、権威に反抗する者は、神の定めに逆らうのです。逆らう者は自分の身にさばきを招きます。」


新潟の教会に、主から、7年間遣わされて奉仕をさせていただきましたが、新潟での奉仕の期間中のある時に、聖霊様から、「あなたは神の国の牧師という意識を持って仕えなさい」と語られたのです。


私は、それまで、「船堀の教会さえ良ければ、それで良い」という狭い心と思いで、仕えていたのです。イエス様は、ご自身が、広い心と思いで、神の国の働きに仕えておられるように、あなたも、広い心と思いで、神の国の働きの視点で仕えなさいと語られたのです。


7年間、新潟の教会に仕えていく中で、お世話係会から、今まで通り、毎月一回の奉仕で良いので、新潟の教会の兼任牧師として奉仕して欲しいとの依頼を受けたのです。そして、私は、主のみこころを尋ね求める時を持つようになったのです。


そして、新潟の教会の兼任牧師としての奉仕の依頼を受ける思いを伝えようとしていた、新潟での奉仕に出かける一週間前に、突然、まだ一度も面識のない、東京のある姉妹から電話があったのです。


先ず、その姉妹から、どのような経緯で、私に電話があったのかということを分かち合いたいと思います。


私が、N葬儀社の営業の仕事で、東京のある教会に出かけた時のことですが、その教会では、土日以下の毎日、午前中に、賛美の時を持っていたのです。


その時、ご高齢の牧師夫人から、「私たちと一緒に賛美の時を持ちませんか」と誘われ、一緒に賛美の時を持ったのです。すると、今度は、「教会の二階で、私たちと一緒に昼食をしましょう」と誘われて、交わりの時を持つように導かれたのです。


その教会の二階には、心を病んだ方々、数人が宿泊できる部屋があったのです。つまり、一階の会堂で、一緒に賛美していた人たちが、そうような方々であったのです。都外の他県から来られているクリスチャンの方もおられたのです。


私は、N葬儀社で仕事をしている時には、当然のことですが、会長から、「牧師としてではなく、一契約社員として仕えてください」と、言われていましたので、自分が牧師であることは基本的には明かさないでいるのです。


でも、他の牧師や、信徒の方々との交わりの中で聞かれたり、必要と思われる時には、正直に、自分が牧師であることをお伝えすることはありますが。


私が牧師であることを明かしていないその時に、一人の60代のご婦人が、「私は、三歳の時、両親が畑仕事をしている間、仕事中は、ここにいるのよと両親に言われて、木の下にビニールシートを敷いてもらって、一人でいたのです。


寂しいから、お父さん、お母さん、一緒に遊んでと、大きな声で叫びたいのだけれど、お父さん、お母さんの仕事の邪魔をしてはいけない、我慢しなければいけないと思いつつも、片手をグーにして、口に入れて、


自分の感情、気持ちを押し殺していたことを、今でも、私の思いの中に、はっきりと記憶として残っているのです」と、分かち合ってくださったのです。


そのことを聞かされた私は、


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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