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53.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(53)

前回からの続き


前々回の50番目の証しにおいて、異端の方の葬儀の司式を行うことに関して、私の最初の反応の正直な思い「それは、出来ないでしょう。それは、まずいでしょう。それは、無理でしょう。


未信者の方ならまだしも、異端の方なのだから」という気持ちをお伝えし、最初は、断ろうかと思っていましたが、私の思いの中に働かれる聖霊様と、聖霊様の語りかけを聞かされたこと、聖霊様の導きの中での葬儀の司式であったことを分かち合わせていただきました。


それは、私のこれまでの約2年2ヶ月間の114回にわたる分かち合いをさせていただいてきましたが、今までの人生において、様々な状況を通らされて来られたことの中で、


その度ごとに、自分の正直な思い、気持ちを神様に申し上げつつ、かつ、神様の御思いをお聞きしつつ、


そして、神様の御思いを示されたなら、自分の肉の思いを捨て、御霊の思いに従って生きることを選択する訓練をされ続けられてきているからです。


不思議なことに、この件に関して分かち合う文章を書き上げたその後、そのような類の葬儀の司式に関連する記事を、聖霊様が、私に読ませるように導かれましたので、次回、そのことに関して、分かち合いたいと思います。


このことも、聖霊様の導きの中にあることだと思っています。


2024年4月号の「舟の右側」というキリスト教の雑誌からの「同性愛をどう考えるかその2」ジェームズ・エメリー・ホワイト師の一部を抜粋して分かち合います。


・・・私は神学生だったころ、とある教会で学生牧師をしていましたが、あるとき町の葬儀社が電話をかけて寄こしました。一人の人の葬儀を執り行ってほしいというのです。ただしその人は、私の教会とも、どの教会ともつながっていなかったのだといいます。


私は答えて、「いいですとも。ご遺族が私に来てほしいと仰るのであれば、何の問題もありません。」


すると、葬儀社の人は言いました。「実は、お話ししておくことがあります。この電話は、町中の牧師さんに電話した後でかけているんですよ。どの牧師さんからも、この葬儀は行いたくないといって断られたもので。


打ち明けますと、故人は同性愛者で、エイズで亡くなったんです。そういう人の遺族のところには、どの牧師さんも、自分は行きたくない。そんな葬儀を行うつもりはない。何の関係も持ちたくない、と皆が皆、仰せでして」。


それを聞いて私は激しい憤りを覚えました。そして、その事件によって生涯にわたって消えない印象を刻み込まれたのです。・・・


以前に分かち合いましたように、これは、ジェームズ・エメリー・ホワイト師一個人の信仰と見解であって、私は、他の個人個人の牧師たちの葬儀の司式に関する信仰と見解の違いを、お互いに尊重することが大切であると思っています。


ジェームズ・エメリー・ホワイト師は、「同性愛は神のみこころから外れた生き方であり、ほかの誘惑と全く同じように取り扱うべきである」との立場に立っている牧師であることを追記しておきます。


それは、同性愛に対して、そのような立場に立っているジェームズ・エメリー・ホワイト師であるにも関わらず、そのような方の葬儀の司式をされるように、聖霊様が働きかけられたということを、私は、信仰によって受け留めているのです。


それは、私たちが信じている、礼拝対象としている神様が、アガペーの愛の神様だからです。


使徒の働き10:15節「神がきよめた物を、あなたがきよくないと言ってはならない。」


ハレルヤ!

 
 
 

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