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43.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(43)

また、別のある教会でのことですが、ある韓国人の女性牧師が赴任されて間もない頃に、N葬儀社の営業の仕事の関係で、訪問させていただいた時のことです。


日本人の牧師であったご主人は、すでに召されていて、ご主人の友人の紹介による導きで、韓国人の牧師夫人の奥様が、牧師として、その教会で牧会されるように導かれたのです。


一度目の営業訪問の時には、その女性牧師は、主から豊かな恵みの賜物が与えられており、教会の敷地内に、ビジョンセンターの施設を建設するという大きなビジョンを掲げて、


赴任した当初でもあり、教会の信徒の方々とともに、大いに期待に胸が膨らんでいる状態でした。


しかし、二度目の営業訪問の時には、その女性牧師は、役員の一人の方との人間関係の葛藤で、霊的にダウンした状態に陥っていたのです。


更に、三度目の営業訪問の時には、その女性牧師は、この教会の牧師を辞任したいとの思いがあること、そして、辞任後は、米国に在住しておられる息子さんのところへ行かれることをも、私に分かち合ってくださったのです。そして、その通りに、教会の役員会の場で、辞任の意向を伝え、受理されたのです。


その女性牧師には、その教団には知り合いの牧師も、相談する牧師も、バルナバや、コーチングや、メンターや、カウンセリングをしてくださる牧師もおらず、孤立した状態に陥っていたのです。


4月に赴任したばかりのその女性牧師は、8月に辞任することになり、7月の一カ月間は、休暇をいただくことにし、その代わりに、役員から、7月の礼拝説教の奉仕者の手配を任せられたのです。


その女性牧師は、その教団の牧師を初め、日本での牧師たちとの交わりもない中でしたので、私に7月の一カ月間の毎週日曜日の礼拝説教の奉仕の依頼をされたのですが、船堀の教会の信徒の方々と相談する必要があるので、後日お知らせすることにしたのです。


勿論、その教会の役員を初め、教会員は、私とは全く面識もなく、その教団に属する牧師でもないので、役員の方が、教団の教区長の牧師に、私のことを尋ね、教団外の牧師に、7月の一カ月間の奉仕は可能かどうか、お聞きされたそうです。


はからずも、その教団の教区長の牧師は、仕えておられるご自身の教会で葬儀が発生した時には、必ず、N葬儀社に連絡をしてくださり、長年、利用してくださっている牧師であったのです。


そして、私のことをすでに知っておられた関係で、特別に期間限定で、礼拝説教の奉仕は大丈夫ですと、許可が下りたとのことでした。


私と異なる教団の国立の教会でもそうでしたが、私と異なるこの教団の教会でも、同じように、聖霊様は、人間的には許されない、あり得ないことを許可され、礼拝説教の奉仕の門戸を開かれたのです。


だから、聖霊様とともに歩み人生は、聖霊様が、様々な障壁を取り壊され、取り除けられ、取り払われるのを見させられますので、ドキドキ、ワクワクして楽しいのです。


その教団の教会での礼拝説教の奉仕の依頼を受けたことを、船堀の教会の信徒の方々にお伝えすると、「先生、聖霊様の導きの中にあることですから、


その教会に、第一主日を除いて、第二主日から第四主日の三週続けて奉仕をされても大丈夫ですよ。」と、背中を押されて奉仕をするように導かれたのです。


私は、そのように、船堀の教会の信徒の方々が、私を肉的に縛り、律法的にコントロールをするようなことをされずに、聖霊様による自由によって、私を伸び伸びとさせてくださることに感謝をしているのです。


それゆえ、小さい、弱い、愚かで、貧しい牧師である私が、聖霊様によって生かされているのです。


それで、その教会の女性牧師に、「7月の第二主日から第四主日まで、三週続けての礼拝説教の奉仕は可能です。」と、お伝えし、また、「昼食後の午後の時間に、私がリードしますので、


礼拝出席者の方々とメッセージの分かち合いの時間を持つことができるなら感謝なのですが」と、お願いしたのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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