top of page

48.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(48)

前回に引き続き、N葬儀社との関わりのあることですが、教会で葬儀が発生した際は、その教会の牧師か、その教会員のご家族からN葬儀社に連絡をされることが通常です。


しかし、クリスチャンでないご家族から、召された方がクリスチャンであったことを尊重されて、キリスト教葬儀を希望されて、N葬儀社に連絡がある場合もよくあることです。


また、ご家族から、ご家族も、召された方も、同じ教会の教会員であっても、諸事情により、N葬儀社に葬儀の依頼をされることもあります。


それらの場合、ご家族は、葬儀の司式をする牧師や奏楽者の手配もお願いしたいとのお申し出があります。その時、N葬儀社から葬儀の司式の依頼の連絡が私にくる時もあるのです。


私が、N葬儀社に勤めて間もない頃のことですが、その召されたご主人とご家族と同じ教会に属しているN葬儀社のN会長から、詳細は知らされずに、葬儀の司式の依頼を受けたことがありました。


そのクリスチャンのご家族の自宅に、葬儀の打ち合わせに、N会長と同行しますと、何と、その召されたご主人は、社長や副社長をされていた方であったのです。


そして、ご家族、ご親族の方々以外に、取引先の会社の代表取締役の社長や、専務取締役や、常務取締役や、本部長、部長、次長などの肩書きがある方々、


外国人の方々も含め、総勢約800人の方々が出席され、新大久保にあるY教会をお借りして、葬儀を行うことを打ち合わせの席で聞かされたのです。


最初からこのことを聞いていたなら、自分には、この葬儀の司式を引き受けることは荷が重すぎると言って、断っていたのではないかと思います。学歴もあり、肩書もあり、社会的地位もあり、人生経験も豊富な50代から70代の方々が出席されることを知らされて、怖気づいたのです。


何しろ、今までの人生において、高学歴、肩書、社会的地位や立場、人生経験の豊富な年輩の方々の前で、それも、800人という大人数の前で、説教したこともなく、葬儀の司式をしたこともなかったからです。


葬儀が執り行われる当日、N会長に指示された通り、葬儀が始まる1時間前から、Y教会の講壇の横にある椅子に座って待機していると、出席者が少しずつ集まるようになってきたのです。


出席者が、次第に増えてくるのを目の当たりにして、私の心臓の動悸が早くなり、強い恐れの思いが生じるようになってきたのです。


その時に、イザヤ41:10節「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」とのみことばが、私の思いに与えられ、この聖書のみことばを何度も何度も口ずさんだのです。


そして、葬儀の開式宣言をして、最初の賛美を歌い始めるや否や、恐れは消え去り、私の霊、心が強くされたのを実感したのです。イザヤ41:10節のみことばの力を体験したのです。


その後、葬儀説教も含め、最後の終祷に至るまで、全き神の御力と平安に満たされて奉仕をさせていただいたのです。


IIテモテ1:7節「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」とある通りです。


この時、自ら体験して味わったイザヤ41:10節のみことばの恵みの力を、事あるごとに、恐れや不安に苛まれている状況にある方々に、分かち合うようにしているのです。


私の長男の息子の臨が、大学生の時に、急に、極度の不安と恐れを抱き、パニック状態に陥った時がありましたが、その時にも、このイザヤ41:10節のみことばを何度も何度も口ずさむことを勧めたのです。


それまで、食堂にも入れない、電車にも乗れない状態にあった臨を、このイザヤ41:10節のみことばが、助け、癒やしてくださったのです。


もし、あなたが、恐れ不安の真っ只中にあるのであれば、また、そのような事態に陥るようなことがあれば、イザヤ41:10節「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」


この神(聖書)のみことばを、何度も何度も、口ずさむことをお勧めしたいと思っているのです。そして、あなたも、神(聖書)のみことばの力の体験の恵みに預かれますように。


ハレルヤ!

 
 
 

最新記事

すべて表示
76.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(76)

この思い出シリーズに証しする記事の配信を、私の霊、心に宿り住んでいてくださる聖霊様との親しい人格的な交わりを喜び楽しみながら、 また、聖霊様によって、「黙想:魂の知性の領域において、左脳を通して、思考することに重点に置いて思い巡らすこと」と、 「観想:魂の感情の領域において、右脳を通して、感じることや味わうことに重点を置く感性(リアルな実感)」とを用いながら、神の視点で、また、「神問神答」し、聖霊

 
 
 
75.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(75)

以前に、私が愛知県の電機会社での寮生活をしている時に、全く面識のない一人の寮生が、無料の英会話の学びを餌にして、私を母教会のS教会に誘ってくださったのですが、その人が、H兄であったことを分かち合いました。 H兄は、その時には、もうすでにクリスチャンでありました。そして、H兄のお兄様は、鹿児島のある教会で、牧師として奉仕をしておられたのです。そういうわけで、H兄は、そのお兄様から伝道されて、クリスチ

 
 
 
74.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(74)

前回からの続き もうすでに、天に召された方々の中で、天の御国でお会いすることを楽しみにしている一人がS先生です。 私は、S先生に、この地上での感謝のことばをお伝え出来ずに、言い残していることがあります。それは、前回、分かち合わせていただいたように、神様によって、S先生が、私の父親代わりとして、また、霊の父として、関わり続けていてくださったことへの感謝のことばです。 そのことを、天の御国で、S先生に

 
 
 

コメント


©2022 by 船堀グレースチャペル。Wix.com で作成されました。

bottom of page