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55.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(55)

今回も、N葬儀社での仕事中に起こったことを分かち合います。


江戸川区の教会での営業の仕事中の午後2時頃に起こったことです。ある教会での営業の仕事を終えて、次の教会に向かう途中の広い車道を横切ろうとしていた時の出来事です。


私は、車で、CDの賛美を聞きながら運転をしていましたが、別のCDの賛美に取り替えようと操作しながら、前方と右側の車道だけを見ていて、左側の車道を見ずに運転をしていましたら、「ドン」と、何かにぶつかった音がしたのです。


「どうしたんだろう」と思って、運転席から降りて、外に出て見ますと、原付バイクに乗っていた30代の女性が、3メートル先で倒れていて、「死ぬ!死ぬ!」と叫んでいたのです。


私は、左側の車道から、原付バイクが来ていることに全く気づかずに、「ドン」とぶつかって、初めて、自分が人身事故を起こしたことに気づいたのです。


急いで、その女性に近づいて行って、「大丈夫ですか」と、声かけし、119番の救急車に連絡をし、そして、110番の警察署にも連絡をしたのです。


このような時には、落ち着いて、神様に祈りを捧げるべきであるのに、その時は、気が動転していて出来なかったのです。それほど、大きなショックを受けたのです。


人身事故は、それまでの運転歴において、一度も起こしたことがなかったので、頭が真っ白になったのです。


女性の額からは、出血をしていました。そのような中で、近所にお住まいのご婦人が来られて、タオルで、女性の額の血を拭ってあげたり、地面についている血を拭き取ってくださるという親切な行為をしてくださったのです。


救急車が、到着するまでの時間が、これほど長く感じられたことはありませんでした。恐らく、到着するまでの時間は、20分前後の時間だったと思われますが、1時間位に長く感じたのです。


そして、救急車が到着するまでの間に、N葬儀社の会長と、保険会社にも連絡をしたのです。事故を起こした場所、時間、経緯、被害者の女性の状態をお伝えしたのです。


その時の保険会社の方との電話でのやり取りにおいて、「若木さん、大変でしたね。大丈夫ですか。」と、最初は、気遣ってくださったのですが、


「若木さん、事故に遭った今は、被害者の方は、軽症で大丈夫であっても、後から、後遺症が出てくる場合がありますからね。」と、


確かに、そのようなことは起こり得ることではありますが、そのことばは、私にとって、不安と心配と恐れを更に煽らせることばであったのです。


しかし、そのような時に、


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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