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59.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(59)

今回から、しばらくの期間、船堀の教会のM姉に関して、分かち合うようにしたいと思います。


船堀の教会のM姉は、一人暮らしのアパート生活をされていましたが、2024年7月2日(火)に、ヘルパーさんが、M姉の自宅に訪問された時に、トイレの前で倒れていて、召されているところを発見されたのです。74歳の生涯でした。


M姉は、その二日前の6月30日(日)の礼拝に出席されなかったので、Y伝道師とY姉の二人が、礼拝後に、M姉の自宅を訪問されて、礼拝の時を持たれたのです。食べられず、吐いてしまうと言われていたようです。


実は、前日の土曜日の夜に、私に電話があり、「睡眠が十分に取れなかったので、明日の礼拝に行けそうもありません」との連絡があったのです。


そして、その翌日の日曜日の午後に、「今日、礼拝に出席できず、申し訳けありませんでした」と、私に電話があったのです。さらに翌日の7月1日(月)には、Y伝道師が、M姉と電話で話をされたそうです。


しかし、7月2日(火)に、Y伝道師に、M姉から電話はなく、また、Y伝道師から、7月3日(水)に電話をかけても、電話に出られないので、脱水症になっていたらと心配されて、


訪問すると留守だったので、M姉のお兄様に電話をしたところ、召されたということを聞かされたそうです。


ですから、M姉は、7月1日(月)のY伝道師との電話の後から、7月2日(火)のヘルパーさんが訪問されるまでの間の期間に召されたことになります。恐らく、熱中症ではなかったかと思われます。


M姉が召される前の6月23日(日)には、T姉のご主人の車で送迎されて、礼拝に出席されたのです。それが、M姉の人生にとって、最後の礼拝出席となったのです。


私が、その時の第二礼拝のメッセージの奉仕でしたが、「飛行機の中で倒れても、転んでも、飛行機内でのことであって、地上に真っ逆さまに落ちることがないように、


私たちが、霊的に倒れようが、落ち込もうが、主の御手の中でのことであって、滅ぼされることはなく、主の御手に支えられていることの中での出来事である。」と、聖霊様によって、語らされたのです。この後に、まさか、M姉が召されることになるとは、思いも寄らなかったのです。


このことは、神様が、私を通して、M姉に対する神様の御思いであることを伝えられたのではないかと思わされているのです。なぜなら、そのようなことを語るつもり、予定はなかったからです。


召される直近のこととして、M姉は、白内障のため、6月28日(金)に、江戸川区の一之江の眼科に、由起子さんに同行を願って出かけ、私も眼科まで車で送迎したのです。


そして、一之江の眼科で紹介された江東区にある眼科に、全身麻酔による白内障手術の予約に出かける予定があったのです。


白内障手術が控えていた矢先に、召されたのです。白内障手術を受けることを、極度に恐れていたこともあって、手術を受けなくても良いように、神様が憐れみを施してくださったのかなとも思わされているのです。


船堀の教会で、葬儀を執り行いたいという願いがあり、M姉のお兄様に連絡を取りましたが、自分たちだけの家族葬にしたいというお兄様の意向で、葬儀の出席も叶わないことになりましたので、


7月10日(水)に、「M姉を偲ぶ会」を行ない、船堀の教会の出席者それぞれの方々が、M姉との思い出を分かち合う時を持ったのです。


私とM姉との関わりは、私が、船堀の教会に遣わされてからの関わりなので、30年の長い年月にわたります。しばらく、M姉を偲んで、御霊に導かれるままに、分かち合うようにしたいと思っています。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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