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6.主からの二番目の派遣先である東京の国際福音教会での懐かしい思い出(6)

今日は、デボーションに関するイントロダクションを分かち合います。


デボーション(神との交わり)は、日々継続していく必要があります。体の必要のために、日に三度、食事をすることによって、栄養をいただき体力の増強と健康と肉的幸福感、満足感が維持されるように、


同じように、デボーションも日々継続して習慣化していくことによって、霊、心の栄養をいただき霊力の増強と健康と霊的幸福感、満足感が維持されるのです。


マタイ4:4節「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばで生きる。』と書いてある。」とある通りです。


そのために、自分の一日の生活スケジュールを考慮して、誰からも、何ものからも妨げられることなく、ゆっくりと静まることのできる場所と時間を定めることです。


ルカ22:39〜40節「それからイエスは出て行き、いつものようにオリーブ山に行かれた。弟子たちもイエスに従った。いつもの場所に来ると、


イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。」とあるように、イエス様は、いつものように、いつもの場所で、父なる神との交わりの時を持たれていたことがわかります。


いつもの場所をどこにするのか、自室なのか、ダイニングなのか、リビングなのか、寝室なのか、近くの公園なのか、喫茶店なのか、職場なのか、車中なのか、


また、定期的な時間をいつにするのか、早朝なのか、朝食後なのか、出勤前なのか、通勤時(交通機関使用中)なのか、


昼休みの時なのか、午後の時なのか、仕事帰りの時(交通機関使用中)なのか、夕食後なのか、入浴前後なのか、就寝前なのかを、個人個人が設定することです。


午前中の時間にデボーションを行なう場合は、その日のスケジュールを考慮して思い巡らすことで大丈夫ですが、


午後や夜の時間にデボーションを行なう場合は、その日の午後や夜の時間から次の日の午後や夜の時間までのスケジュールを考慮して思い巡らすと良いと思います。


デボーションを初めて行なう場合、最初の時は、1時間ほど要しますが、慣れてくると30分ほどでできるように導かれます。


デボーションの時間は、宿題をするようなものではありません。神様と交わる時間ですので、神様と私たちとの相思相愛のデートをするようなものです。ワクワクする全人的喜びを味わう時間です。


デボーションを始める前に、賛美と祈りを捧げると良いでしょう。お勧めする賛美の一つは「開いてください 心の目を」(小牧者出版:ワーシップ&プレイズ92番)です。


歌詞は「開いてください 心の目を さらに深く 主を知るために 開いてください 心の耳を さやかなみこえを 聞き取るために」です。


聖書箇所については、自分で決めるか、何かのデボーションガイド「クレイ、リビングライフ、日々のみことば、マナ、日ごとに湧く泉、幸いな人」などを用いても大丈夫です。


キリスト教書店に出かけられて、それらを実際に目を通して、その中から、自分の好みに合うもので大丈夫です。


「クレイ」と「リビングライフ」は、無料で毎日配信されていますので、スマホやパソコンから検索すると利用できます。


もし、自分で聖書箇所を決めて行なう場合は、どの書を選ばれるにしろ、最初の1章から始めて、自分で段落を決めて、最後の章まで読み進めると良いでしょう。


例えば、マルコの福音書を選ばれるなら、最初の聖書箇所は、1:1〜8節まで、次の日は、1:9〜11節まで、次の日は、1:12〜15節までという短めの段落毎の順番で。


そして、聖書との大切な重要な向き合い方ですが、また、神様のご臨在の豊かな体験とし、神様との生きた出会いの体験とするためには、イエス•キリストの十字架(血)による贖いに基づいて、聖霊様を意識して歓迎して、


その聖書の箇所の中に、自分もあたかも存在しているかのように、あるいは、そこに出てくる様々な登場人物に自分を重ねて、写真や絵画のような静止画を見るかのようにではなく、ドラマや映画のような動画を見るかのようにして、


イエス様のお心、表情、行動、声のトーン、そこに出てくる人々の抱えている悩みや悲しみや苦しみや痛み、心配や不安や恐れ、疑いや落胆や焦燥感や失望や絶望感、


あるいは、喜びや平安や安心感、驚きや嬉しさや楽しさ、確信や歓喜や希望、感謝などの心情、表情、態度、その同じ場所にいる他の人々の反応、心や思い、表情、態度、


また、どの場所での出来事か、その状況、様子、雰囲気、また、どの時間帯の出来事か、早朝か、午前か、お昼頃か、午後か、夜か、真夜中なのか等を考慮しつつ思い巡らすのです。


自分の左脳(論理的思考)と右脳(感性)、また、五感(視覚、聴覚、触覚、味覚、臭覚)を存分に用いて働かせて、過去の出来事の聖書の世界にタイムスリップして、現在において、神に出会う体験と、神のみこえを聞く恵みと祝福を受けるのです。


Iヨハネ1:3〜4節「私たちが見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えます。あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。私たちの交わりとは、御父また御子イエス•キリストとの交わりです。これらのことを書き送るのは、私たちの喜びが満ちあふれるためです。」


ハレルヤ!

 
 
 

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