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70.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(70)

前回からの続き


また、こんなこともありました。19歳で、イエス様を信じたことで、当時、特に浄土真宗に熱心で、仏壇に毎日お供え物をして拝んでいた母との関係が、険悪な雰囲気になったことで、教会からそっと離れようとした時に、


S先生が、三週間にわたって、私の寮まで訪ねて来てくださったおかげで、教会に戻ることができたのです。


このことも当時は、S先生が、私のことを気にかけてくださり、私の寮まで三週間にわたって訪ねて来てくださったという思考と理解でしかなかったのですが、


50年以上経過した今は、神様が、S先生を通して、また、S先生とともに、教会からそっと離れようとしていた私を心に留めて、寮まで訪ねて来てくださり、愛してくださったそのおかげで、教会に戻ることができたのだという思考と理解に変えられているのです。


そのようなことがあって後、毎週木曜日に、S先生宅にて、ご家族と一緒に、夕食をご馳走になり、その後、聖書を読む会のマルコの福音書のテキストを用いて、自分で聖書のみことばを考えながら読む帰納的な聖書の学びの指導をしてくださったのです。


このことも、当時は、S先生が、親切に自宅に招いてくださって、夕食をご馳走してくださり、聖書の読み方を指導してくださったという思考と理解でしかなかったのですが、


今現在は、神様が、S先生を通して、また、S先生とともに、教会からそっと離れようとしていた私に心を留めて、夕食のご馳走と、


私を神様との関係を強め、聖書のみことばにしっかりと立つように、聖書を読む指導をしてくださったことを通して、愛してくださったのだという思考と理解に変えられているのです。


更に、こんなこともありました。キリスト教書店に勤めていて十二指腸潰瘍になった時、S先生が、「私の自宅に来なさい」と、声をかけてくださり、三日間、お世話をしていただいたこともありました。


この時も、当時は、私が十二指腸潰瘍になった時、S先生のご配慮で、自宅でお世話をしていただいたという思考と理解でしかなかったのですが、


現在では、神様が、十二指腸潰瘍になった私を思いやり、心を留めてくださり、S先生とそのご家族を通して、また、S先生ご家族とともに、自宅でお世話をしていただいて愛してくださったのだという思考と理解に変えられているのです。


それから、電機会社からキリスト教書店への転職と、神学校の選択においても、S先生が、関わってくださったのですが、当時は、S先生が、私のために親切に助言してくださったという思考と理解でしかなかったのですが、


現在では、神様が、S先生を通して、また、S先生とともに、どうしていいかわからず、困り果てている私に心を留めてくださり、


仕事の転職と神学校の選択においても関わりを持ってくださったことを通して、愛してくださったのだという思考と理解に変えられているのです。


また、こんなこともありました。教会での水曜日の祈祷会への行きは、バスと地下鉄を利用していましたが、帰りは、S先生の自宅と私の寮は、同じ春日井市にあった関係で、S先生の車で送ってもらっていたのです。


毎週水曜日の祈祷会の帰り道で、「若木君、一緒にラーメンを食べましょう」と、言ってくださり、いつもと同じラーメン屋で、札幌味噌ラーメンをご馳走していただいたのです。S先生自身は、自宅に帰って後、夕食を済ませることができるのにです。


このことにおいても、神様は、S先生を通して、また、S先生とともに、お腹が空いた私を憐れんでくださり、心に留めてくださり、ラーメンをご馳走して愛してくださったのです。


エペソ3:17〜19節「信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、

すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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