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71.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(71)

前回からの続き


また、こんなこともありました。教会での水曜日の祈祷会への行きは、バスと地下鉄を利用していましたが、帰りは、S先生のご自宅と私の寮は、同じ春日井市にあった関係で、S先生の車で送ってもらっていたのです。


毎週水曜日の祈祷会の帰り道で、「若木君、一緒にラーメンを食べましょう」と、言ってくださり、いつもと同じラーメン屋で、札幌味噌ラーメンをご馳走していただいたのです。S先生自身は、自宅に帰って後、夕食を済ませることができるのにです。


このことにおいても、神様は、S先生を通して、また、S先生とともに、お腹が空いた私を憐れんでくださり、心に留めてくださり、ラーメンをご馳走して愛してくださったのです。


それから話は一気に飛びますが、私が50代となり、現在の船堀の教会の牧師として奉仕をさせていただいている時で、S先生が70代になられた晩年のことでありますが、S先生は、アルツハイマー病を患われたのです。


私が名古屋に行く予定があることから、S先生に「お会いできませんか」と、事前にお電話をしました。その時、電話口に出られたS先生のお声が、か細いお声でありましたので驚きました。


私が、「S先生、私が先生のご自宅にお伺いしても大丈夫でしょうか」と、お聞きしますと、S先生は、「私が名古屋駅まで行くので、そこで、お会いしましょう。でも、私の体調がすぐれない場合には、自宅に来てください」と、言われました。


そして、お伺いする前日に、S先生から「私の体調がすぐれないので、自宅に来てもらえませんか」と、お電話があったのです。


当日、S先生のご自宅にお伺いして、午前中の2時間ばかり、S教会の初期のメンバーの一人で、80代のご高齢のK姉も含めて、懐かしい過去の思い出を振り返り、恵みを分かち合う楽しいお交わりの時を持たせていただいたのです。


また、私は、S先生に、私に対して、これまでに良くしてくださった数々のことにおける感謝、特に、帰納的な聖書の学びをご指導してくださったことへの感謝の気持ちをお伝えすることができたのです。


アルツハイマー病は、鬱病的な症状もありますので、苦しみの中にあったことと思われますが、S先生は、50年にもわたる長い期間にわたって、個人的に、聖書のみことばに養われ、


神様との愛のお交わりを継続的になされて来られた恵みで支えておられることが、はっきりと見て取れて分かった時でありました。


お交わりを終えて、昼食時となりましたので、S先生が、「近くにある食堂に行きましょう」と、言われ、S先生ご夫妻、M君、K姉と私の5人で出かけたのです。


S先生の奥様とM君とK姉は、蕎麦を注文され、S先生と私は、うどんを注文したのですが、その店には、蕎麦は十分ありましたが、うどんは一玉しか残っていなかったのです。


それで、私が、「S先生、私が蕎麦にしますので、先生がうどんにしてください」と、言ったのですが、「いや、若木先生がうどんにしてください。私が蕎麦にしますから」と、押し切られて、譲ってくださったのです。


この何気ない会話のやり取りではありますが、この時のことが、今も私の心と思いに忘れることのできない思い出として、脳裏に刻まれているのです。また、これが、S先生とのこの地上における最後のお別れとなるお交わりになるとは思いも寄らないことでした。


S先生との最後のお別れとなるこの何気ない「いや、若木先生が、うどんにしてください。私が蕎麦にしますから」と、いうことばに、次の聖書のみことばが、聖霊様によって思い起こされ、重なったのです。


それは、ヨハネ13:1節「世にいるご自分の者たちを愛してきたイエスは、彼らを最後まで愛された」と、いうみことばです。


S先生は、私が、S教会に行き始めた19歳の時、礼拝を終えて、私の昼食分も用意してくださったことから始まり、


S先生とのこの地上における最後のお交わりとなった、私が50代になった牧師の時でさえ、70代の晩年になられ、しかも、アルツハイマー病を患われておられたS先生が蕎麦にされて、私にうどんを譲ってくださったというこの何気ないことの中に、


神様は、S先生を通して、また、S先生とともに、生来、人見知りで、上がり症で、赤面症で、口下手で、人前で話すことが大の苦手で、小心者で、対人恐怖症であり、


特に、女性への対人恐怖症が強かった私に心を留め、最初から最後まで愛してくださったという、聖書のみことば体験、神様体験をさせてくださったのです。


エペソ3:17〜19節「信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、


すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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