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72.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(72)

前回からの続き


S先生は、私が、S教会に行き始めた19歳の時、礼拝を終えて、私の昼食分も用意してくださったことから始まり、


S先生とのこの地上における最後のお交わりとなった、私が50代になった牧師の時でさえ、70代の晩年になられ、しかも、アルツハイマー病を患われておられたS先生が蕎麦にされて、私にうどんを譲ってくださったというこの何気ないことの中に、


神様は、S先生を通して、また、S先生とともに、生来、人見知りで、上がり症で、赤面症で、口下手で、人前で話すことが大の苦手で、小心者で、対人恐怖症であり、


特に、女性への対人恐怖症が強かった私に心を留め、最初から最後まで愛してくださったという、聖書のみことば体験、神様体験をさせてくださったのです。


それから数年後のことでありますが、S先生の葬儀が終わった後に、S教会の元役員のK兄から、S先生が召されたとの知らせを受けたのです。


S先生にお世話になった私や、高知で牧会しておられるO師には、私たちの牧会を優先させ、自分の葬儀後に、私たちに知らせるようにと、S先生からの家族への伝言があったのではないかと推測するのです。S先生とは、そういう人でありました。


S先生が召されたとの知らせを受けて、今までのS先生との関わりを思い巡らしていますと、神様は、私の肉の父親代わりに、S先生を備えておられたことが、


聖霊様によって、はっきりと気づかされたのです。霊の目の覆いが取り除かれて、心の目が開かれたような感覚でありました。


私の肉の父が召された時は、私が21歳の時で、私と父との関係は良好で、私は、父が大好きでした。だから、父が召された時は、悲しくて、辛くて、寂しくて、しばらくの期間、涙を流して泣いていました。心が空洞になったような感覚を覚えています。


神様が、そのような父親不在となって、悲しくて、辛くて、寂しくて、心が空洞のようになっていた私に心を留めて、S先生を、私の肉の父親代わりに備えてくださっておられたのです。それまで、そのことに気づいていませんでした。


いや、もしかしたら、S先生も、そのことには気づかれてはおられなかったのではないだろうかとも思っています。


聖霊様によって、そのことに気づかされた瞬間、S先生への感謝とともに、そのS先生を私の肉の父親代わりに、それも、霊の父として備えてくださった神様の愛を全人的に実感として体験し、


ことばに言い尽くせない感謝な気持ちでいっぱいになって、込み上げて来て、神様の愛に感動して涙して泣きました。


エペソ3:17〜19節「信仰によって、あなたがたの心のうちにキリストを住まわせてくださいますように。そして、愛に根ざし、愛に基礎を置いているあなたがたが、


すべての聖徒たちとともに、その広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解する力を持つようになり、人知をはるかに超えたキリストの愛を知ることができますように。そのようにして、神の満ちあふれる豊かさにまで、あなたがたが満たされますように。」


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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