top of page

74.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(74)

前回からの続き


もうすでに、天に召された方々の中で、天の御国でお会いすることを楽しみにしている一人がS先生です。


私は、S先生に、この地上での感謝のことばをお伝え出来ずに、言い残していることがあります。それは、前回、分かち合わせていただいたように、神様によって、S先生が、私の父親代わりとして、また、霊の父として、関わり続けていてくださったことへの感謝のことばです。


そのことを、天の御国で、S先生にお会いして、感謝をお伝えしたいのです。


キリストの再臨時に携挙されるかも知れませんが、やがて、いずれ、私も天に召される時がやって来ます。


天の御国で、S先生にお会いしたいという願望が優先している時に、聖霊様によって、心が探られたことがあります。「あなたが、もうすでに、天に召された方々の中で、本当に、一番会いたいのは、S先生なのか」と。


その時に、「そうではない。本当の一番は、イエス・キリストではないか」と、聖霊様によって正されたのです。


なぜなら、そもそも、イエス様が私の罪を負って、十字架につけられて贖ってくださったおかげで、私が天の御国に入ることが出来る道となってくださったからです。


ヨハネ14:6節「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」と、ある通りです。


パウロは、ピリピ1:20〜23節で、「私の願いは、どんな場合にも恥じることなく、今もいつものように大胆に語り、生きるにしても死ぬにしても、私の身によってキリストがあがめられることです。私にとって生きることはキリスト、死ぬことも益です。


しかし、肉体において生きることが続くなら、私の働きが実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいか、私には分かりません。


私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。」と、このように、聖霊様に導かれて、告白しています。


パウロは、「私の願いは、世を去って、キリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。」と、天の御国で、キリストにお会いしたいという願望が最優先しています。


いや、パウロだけでなく、全てのクリスチャンに、聖霊様が、「私の願いは、世を去って、キリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。」と、天の御国で、キリストにお会いしたいという願望を最優先するように導かれるのです。


私が、このことを思い巡らしている時に、もうすでに、天に召されたS先生も、天の御国でお会いしたいというその一人ではありますが、私は、S先生よりも、S先生の心の中に宿られ住まわれておられた、


世界の基の置かれる前から私を愛し続け、この地上においても私を愛し続け、天に召されてからも永遠に私を愛し続けてくださるイエス・キリストに、一番お会いしたいという心と思いに変えられるように、聖霊様の働きかけを受けたのです。


ピリピ1:23節「私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。」(2017年版)


「私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。」(第三版)


「私の願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。」(口語訳)


「一方では、この世を去ってキリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。」(新共同訳)


「私の切なる願いは、世を去って、キリストと共にいることであり、実は、このほうがはるかに望ましい。」(聖書協会共同訳)


「私の願いを言わせてもらえば、苦しいこの世を去って、一時も早くキリストのもとへ行くことであり、その方がはるかによい。」(現代訳)


ハレルヤ!

 
 
 

最新記事

すべて表示
73.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(73)

こんなこともありました。S先生は、私に帰納法的に考えさせるように訓練するために、水曜日の祈祷会の帰りの車中で、私に質問を度々、投げかけられたことがありました。 その一つでありますが、「若木君、なぜ、クリスチャンは、自殺してはいけないと思う」と、質問されたことは、はっきりと今でも記憶に残っています。 その時には、私は、出エジプト記20章の十戒の一つの13節に、「殺してはならない」と、書いてあることを

 
 
 
72.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(72)

前回からの続き S先生は、私が、S教会に行き始めた19歳の時、礼拝を終えて、私の昼食分も用意してくださったことから始まり、 S先生とのこの地上における最後のお交わりとなった、私が50代になった牧師の時でさえ、70代の晩年になられ、しかも、アルツハイマー病を患われておられたS先生が蕎麦にされて、私にうどんを譲ってくださったというこの何気ないことの中に、 神様は、S先生を通して、また、S先生とともに、

 
 
 
71.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(71)

前回からの続き また、こんなこともありました。教会での水曜日の祈祷会への行きは、バスと地下鉄を利用していましたが、帰りは、S先生のご自宅と私の寮は、同じ春日井市にあった関係で、S先生の車で送ってもらっていたのです。 毎週水曜日の祈祷会の帰り道で、「若木君、一緒にラーメンを食べましょう」と、言ってくださり、いつもと同じラーメン屋で、札幌味噌ラーメンをご馳走していただいたのです。S先生自身は、自宅に帰

 
 
 

コメント


©2022 by 船堀グレースチャペル。Wix.com で作成されました。

bottom of page