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78.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(78)

前回からの続き


そして、そのY牧師の肉の耳に聞こえる、私の口を通して語る音声のあることばでは、そのY牧師に、その二冊の書籍を紹介し、


そのY牧師の耳に聞こえない、私の心を通しての音声のないことばでは、「主よ。このY牧師に、この書籍を購入したいという思いを与えてください。」と、Y牧師と、主との同時親交をしたのです。


すると、そのY牧師が、「この二冊の書籍を買います。」と、言われた時、Y牧師の肉の耳に聞こえる私の口を通して語る音声のあることばでは、「有難う御座います。」と、Y牧師に感謝して、代金の3,500円をいただき、


Y牧師の肉の耳では聞こえない、私の心を通しての音声のないことばでは、主に感謝して、「ハレルヤ!」と、主に叫んだのです。


この時、私が、お釣りを払うお金を持っていないことを知っておられる主は、そのY牧師に、お釣りが要らないように支払いをさせてくださったのです。


私たち神の子どもとされた者は、このように、対人関係と、対神関係との同時親交の生き方が可能とされているとは、何と幸いなことでしょうか。


ここで、聖書に出てくる、ある人物に見られる対人関係と、対神関係との同時親交の一例を紹介したいと思います。


この対人関係と、対神関係との同時親交を、アブラハムの全財産を管理している、家の最年長のしもべであるエリエゼル(創世記15:2節)に見ることができます。


アブラハムは、そのしもべであるエリエゼルに、息子イサクの嫁探しを依頼するのですが、その女性(リベカ)が、神が導いておられるイサクの嫁であるかどうか、黙って、彼女の口から出ることばや、一挙手一投足をじっくり観察した結果、


神のみこころであると確信した時に、リベカの兄のラバンと、父ベトエルに証ししていることばからわかります。


創世記24:42〜51節「今日、私は泉のそばに来て言いました。『私の主人アブラハムの神、主よ。私がここまで来た旅を、もしあなたが成功させてくださるのならー。


ご覧ください。私は泉のそばに立っています。若い娘が水を汲みに出て来たなら、私は「あなたの水がめから少し水を飲ませてください」と言います。


その人が私に、「どうぞ、お飲みください。あなたのらくだにも水を汲みましょう」と言ったなら、その娘さんこそ、主が私の主人の息子のために定められた方です。』


私が心の中で言い終わらないうちに、なんと、リベカさんが水がめを肩に載せて出て来たのです。そして、泉に下りて行き、水を汲みました。それで私が『どうか水を飲ませてください』と言うと、


急いで水がめを肩から降ろし、『お飲みください。あなたのらくだにも飲ませましょう』と言われたので、私は飲みました。らくだにも水を飲ませてくださいました。


私が尋ねて、『あなたは、どなたの娘さんですか』と言いますと、『ミルカがナホルに産んだベトエルの娘です』と答えました。そこで私は、彼女の鼻に飾り輪をつけ、彼女の腕に腕輪をはめました。


そして私はひざまずき、主を礼拝し、私の主人アブラハムの神、主をほめたたえました。主は、わたしの主人の親族の娘さんを主人の息子に迎えるために、私を確かな道に導いてくださったのです。


それで今、あなたがたが私の主人に恵みとまことを施してくださるのなら、私にそう言ってください。もうそうでなければ、そうでないと私に言ってください。それによって、私は右か左に向かうことになります。」


ラバンとベトエルは答えた。「主からこのことが出たのですから、私たちはあなたに良し悪しを言うことはできません。


ご覧ください。リベカはあなたの前におります。どうぞお連れください。主が言われたとおりに、あなたのご主人の息子さんの妻となりますように。」


アブラハムのしもべのエリエゼルが、対人関係と、対神関係との同時親交をしたように、私たちも、対人関係と、対神関係との同時親交を、普段の日常生活に生かして、適用し、実践することが可能なのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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