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86.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(86)

前回からの続き


あなたが属している教会の弱いところ、足らないところ、欠けたところに目が留まるのであれば、キリストのからだである教会のかしらであられるイエス様は、


あなたに、その教会をさばかさせるために、非難させるために、また、その教会から離れることの理由とするために目を留めさせておられるのではなく、そのところに、あなたが愛をもって仕えるようにと目を留めさせておられるのです。


なぜなら、教会はキリストのからだであるからです。教会をさばき、非難することは、それは、つまり、キリストのからだを傷つけて、痛めていることであり、


また、同時に、キリストのからだの一器官である自分自身をも傷つけ、痛めていることになり、それは、すなわち、キリストを悲しませている行為なのです。


反対に、教会に、御霊による愛の労苦によって仕え、建て上げて生かすことは、キリストのからだを愛して、いたわっていることであり、


また、キリストのからだの一器官である自分自身をも愛して、いたわっていることになり、それは、すなわち、キリストを喜ばせている行為なのです。


使徒9:4〜6節「彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか』


彼が『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、答えがあった。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。


立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。』」


使徒26:14節「私たちはみな地に倒れましたが、そのとき私は、ヘブル語で自分に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。』」


コロサイ1:24節「今、私は、あなたがたのために受ける苦しみを喜びとしています。私は、キリストのからだ、すなわち教会のために、自分の身をもって、キリストの苦しみの欠けたところを満たしているのです。」


以前は、私は、このことに関して、霊の目と耳が閉ざされて、悟りがなくて、よくわからずにいたため、指導できませんでしたが、今では、ある人が、その教会の弱いところ、足らないところ、欠けているところと思うところに、目が留まるということは、


「あなたが、教会をさばくためではなく、非難するためではなく、聖霊様は、あなたに、そのところに、愛をもって、へりくだって仕えて、教会を建て上げるようにと、あなたに気づかせて、目に留まるようにされているのですよ。」と指導するように導かれています。


そのようにして、M兄姉ご夫妻も、船堀の教会の方々とも良い交わりの中で、礼拝に出席されるようになったのです。


M兄姉ご夫妻は、自宅から船堀の教会まで電車で乗り継いで来られていましたので、2時間くらいかけて来られていたのです。朝、7時頃に自宅を出られて、


帰りは、自宅には、午後7時頃に戻られていたのです。以前、私が月一回、新潟の教会まで新幹線で行く所要時間を、毎週日曜日に経験していたことになります。


しばらく、M兄姉ご夫妻は、船堀の教会の礼拝に出席されていましたが、ある時、私の方からM兄姉ご夫妻に、言いずらいこと、話しずらいこと、語りずらいことを伝える時を持つようにしたのです。


次回に続く


ハレルヤ!

 
 
 

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