87.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(87)
- funaborigracechape
- 2 日前
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前回からの続き
そのようにして、M兄姉ご夫妻も、船堀の教会の方々とも良い交わりの中で、礼拝に出席されるようになったのです。
M兄姉ご夫妻は、自宅から船堀の教会まで電車で乗り継いで来られていましたので、2時間くらいかけて来られていたのです。朝7時頃に自宅を出られて、
帰りは、自宅には、午後7時頃に戻られていたのです。以前、私が月一回、新潟の教会まで新幹線で行く所要時間を、毎週日曜日に経験していたことになります。
しばらく、M兄姉ご夫妻は、船堀の教会の礼拝に出席されていましたが、ある時、私の方からM兄姉ご夫妻に、言いずらいこと、話しずらいこと、語りずらいことを伝える時を持つようにしたのです。
ある日曜日の礼拝後に、いつものように、タワーホール船堀の一階のカフェで、私は、M兄姉ご夫妻との交わりの時をもったのです。
「来週の日曜日から、半年間の期間、あなたがたが、船堀の教会での礼拝に出席されることを禁止したいと思います。この提言の意図は、あなたがたにとって益となるためです。
あなたがたは、これまで、様々な教会に出入りして来られました。このままの状態が続くと、また、今までと同じように繰り返される状況に陥いる危険性があります。
つまり、自分たちが、その教会を良いと思っている間、気に入っている間は、その教会に留まることをしますが、しかし何か、その教会に問題が生じて、自分たちにとって、居ずらくなり、
その教会が良くないと思うようになったり、気に入らなくなったりするなら、また、その教会から離れて、別の教会を探して、しばらく様子を見ながら、その教会に出席されるようになるでしょう。
あなたがたは、これまで、様々な教会を巡られて、それぞれの教会の長所と短所を鋭く霊的判断、霊的洞察をして来られました。その結果、どの教会も、自分たちの理想と思う教会には出会うことはなかったのです。
つまり、どの教会も、自分たちにとっての理想の教会はないのだということを、あなたがたは、主によって気づかされ、教えられて来られたのではないでしょうか。
ですから、これからは、あなたがたは、教会巡りをするのではなく、どの教会で、腰を据えて、落ち着いて仕えるように召されているのか、
自分たちが、からだの一器官とされている教会は、どこなのか、教会のかしらであるイエス様に、祈り求め、お聞きする時を持つようにしてもらうためです。
そのことが、はっきりと示されたのなら、例え、その教会に、如何なる問題が生じたとしても、例え、自分たちにとって、居ずらくなるような状況に陥ったとしても、
私たちは、この教会を建て上げるために召されているのだという主からの召しによって支えられ、逃避することなく、教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを満たすように仕えていく力を与えられるのです。
このことは、決して、あなたがたをさばいて、非難して、拒絶して言っているわけではなく、教会のかしらであるイエス様と、あなたがたの今後のためを思ってのことです。
半年以前にでも、教会のかしらであるイエス様が、あなたがたをどの教会に仕えるように召されているのか、
自分たちが、からだの一器官とされている教会は、どこなのかを尋ね求め、主のみこころが分かり次第、ご連絡ください。」と、M兄姉ご夫妻に、言いずらいこと、話しずらいこと、語りずらいことをお伝えしたのです。
次回に続く
ハレルヤ!
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