93.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(93)
- funaborigracechape
- 2 日前
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前回からの続き
聖霊の賜物に関しては、ある教団では、初代教会時代に限定されることであって、現在の教会時代には、そのようなことはないと否定する神学の立場と、
また、別の教団では、初代教会時代に限定されることはなく、現在の教会時代にも恵みを受けることができるという肯定する神学の立場とがあります。
N牧師が、その教団の神学校で教えを受けたのは、前者で、聖霊の賜物は、初代教会時代に限定されることであって、現在の教会時代には、そのようなことはないと否定する神学の立場であり、N牧師も、ずっと、その神学の立場に立っておられたのです。
ところが、あることがきっかけで、後者の、聖霊の賜物は、初代教会時代に限定されることはなく、現在の教会時代にも恵みを受けることができるという肯定する神学の立場に変えられることになったのです。
N牧師は、以前の教団のある教会で牧会されていた頃、米国人のS宣教師と一緒に協力して働きをされていたそうです。
そのS宣教師は、長年、日本で宣教奉仕をされていたそうですが、宣教の実を結ぶことの困難さとともに、次女の娘さんが日本で召されるという愛娘を失った精神的な悲しみも重なり、深い苦悩を体験され、
米国に帰国される時に、S宣教師は、「私は、もう二度と、日本での宣教奉仕には戻って来ることはないでしょう。」と、お別れの挨拶をされたそうです。
ところが、1年も経過しない内に、S宣教師は、再び、日本での宣教奉仕に戻って来られたというのです。それも、帰国される前の時の状態、様子と全く違って、霊的に回復されて、新たな力と喜びに満たされて、生き生きとした姿で戻って来られたというのです。
N牧師は、S宣教師が、日本を離れ、米国に帰国される際の状態、様子をよく見て知っていただけに、大変驚かれたそうです。
S宣教師は、米国に帰国された後、同じ宣教団体の同労者たちとの交わりの時を持たれ、聖霊の賜物の一つである異言に関する本を紹介されて読まれたそうです。
そして、S宣教師自身が、霊的に回復された理由が、聖霊の賜物の一つである異言にあることをN牧師に分かち合い、N牧師に、ある異言に関する本を渡されて、その本を読むように、そして、その本に書いてある通りに実践することを勧めたそうです。
それで、N牧師は、早速、その本を読まれて、その本に書いてある通りに実践してみたそうです。すると、ご自分の口に、異言が与えられたとのことです。
そして、N牧師は、奥様にも、その本を読むように、また、その本に書いてある通りに実践することを勧めたそうです。すると、奥様にも異言が与えられ、胃下垂が癒やされたそうです。
信徒の方々にも、同じように、その本を読むように、また、その本に書いてある通りに実践することを勧めると、信徒の方々にも異言が与えられ、ある人は、イボが消えたり、また、ある人は、皮膚病が癒やされたそうです。
私は、N牧師とは、これまでのような神学に関する話ではなく、思いも寄らぬ、聖霊の賜物の一つである異言に関するその話と恵みの証しを聞かされたのです。
それで、私も、これまで、個人的に、自室や、お風呂場や、車中や、散歩や、就寝時など、ことある毎に、異言での祈りや、異言での賛美をしていましたが、
異言に関して、異言の解き明かしがないこともあって、よくわからないこともありましたので、率直に、N牧師に質問をしてみたのです。
次回に続く
ハレルヤ!
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