88.主から遣わされた四番目の東京の江戸川区にある船堀の教会での懐かしい思い出(88)
- funaborigracechape
- 1 日前
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前回からの続き
「・・・あなたがたは、これまで、様々な教会を巡られて、それぞれの教会の長所と短所を鋭く霊的判断、霊的洞察をして来られました。その結果、どの教会も、自分たちの理想と思う教会には出会うことはなかったのです。
つまり、どの教会も、自分たちにとっての理想の教会はないのだということを、あなたがたは、主によって気づかされ、教えられて来たのではないでしょうか。
ですから、これからは、あなたがたは、教会巡りをするのではなく、どの教会で、腰を据えて、落ち着いて仕えるように召されているのか、
自分たちが、からだの一器官とされている教会は、どこなのか、教会のかしらであるイエス様に、祈り求め、お聞きする時を持つようにしてもらうためです。
そのことが、はっきりと示されたのなら、例え、その教会に、如何なる問題が生じたとしても、例え、自分たちにとって、居ずらくなるような状況に陥ったとしても、
私たちは、この教会を建て上げるために召されているのだという主からの召しによって支えられ、逃避することなく、教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを満たすように仕えていく力を与えられるのです。
このことは、決して、あなたがたをさばいて、非難して、拒絶して言っているわけではなく、教会のかしらであるイエス様と、あなたがたの今後のためを思ってのことです。
半年以前にでも、教会のかしらであるイエス様が、あなたがたをどの教会に仕えるように召されているのか、
自分たちが、からだの一器官とされている教会は、どこなのかを尋ね求め、主のみこころが分かり次第、ご連絡ください。」と、M兄姉ご夫妻に、言いずらいこと、話しずらいこと、語りずらいことをお伝えしたのです。
私が伝えたこれらのことばは、M兄姉ご夫妻にとっては、耳に痛く、聞きずらいことばであったと思いますが、
何一つ、私に反発したり、反論することなく、私が伝えた真意を、主から出たことばとして、へりくだって聞かれ、理解され、真摯に受け留めてくださったのです。
そして、更に追加として、「それまでの期間、私への電話も、連絡も一切禁止します。それまでの間、ただ、主と聖書のみことばにだけ集中して、ゆっくり時間をかけて、主のみこころを求める時を持ってください。」と、助言させていただいたのです。
そして、その私の提言通り、次の日曜日から、M兄姉ご夫妻は、船堀の教会の礼拝には出席されなくなったのです。
そして、これからは、教会巡りをすることなく、自分たちを、主は、どの教会に留まって、仕えるように召されているのか、自分たちが一器官として召されている教会は、どこなのかを、彼らは、主のみこころを求めて祈るように導かれたのです。
M兄姉ご夫妻は、私との約束を守り続けられ、それ以後、一切、船堀の教会の礼拝に出席されることなく、私への電話も、連絡もないままであったのです。
そうこうしている内に、3か月が経過したのです。
次回に続く
ハレルヤ!
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