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1.北海道の神学校での忘れられない神様からの大切な学び、お取り扱い、贈り物(1)

北海道での3年間における神学校において忘れられない神様からの大切な学び、お取り扱い、贈り物は、私を単なる頭だけの聖書の知識的な学び、また、机上だけの神知識の学びをさせて、昔は力強く働かれて、生きておられる神様ご自身を顕されたが、今はそのようなことはなく、死んだような神様を知るようにさせることではありませんでした。私を、現実的に、私の行く所、どこにおいても、私とともにおられる神様の生きたご臨在と、聖書のみことばを、全人格的に様々な体験を通させることによって、現実的に、聖書に記されている神様は、今も生きておられるお方、心に語られるお方、不思議なみわざをなされるお方であること、そして、その神様が、私とともにいてくださること、私とともにおられるということ(インマヌエル:神は私たちとともにおられるという意味)を体験的に、全人格的に、神様ご自身を知るようにさせることにあったように思います。


ヨハネ17:3節「永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。」と、ある通りです。


「自分や他人依存体質や、物質的依存体質」から、「神様依存体質、聖書のみことば依存体質、霊的依存体質」に、「全人格的体質改善」することにあったことを振り返って思います。また、それは、「父なる神様と私」、「イエス・キリスト様と私」、「聖霊様と私」との間に、何人(なんびと)も、何物(なにもの)も入る余地がないように、「私の神」、「私の主」、「私の助け主」と言えるような親密な交わり、親密な関係に導き入れることでもあったように思います。


私にとって、そのことに関連する最も忘れられない思い出の一つ、神様からの大切な学び、お取り扱い、贈り物は、神学校における経済の必要の満たしでありました。同じ神学校の先輩のО兄から、神学校の3年間に必要な学費は、100万円位あれば大丈夫だと、すでに言われていました。愛知県の電機会社と、名古屋のキリスト教書店で勤めていた時の貯金は、100万円以上あったので、これで大丈夫だなと思っていたのです。ところが、一年遅れて神学校に入学することになることや、県庁でのアルバイトにより、貯金を崩して生活しなければならない状況に陥ったことや、また、神学校に入っても、何かと必要な出費があることもあって、何と、神学校に入って、1年半で、学費、寮費、食費、書籍代含めて、8万円の赤字となったのです。このままの状況では、神学校での学びを受け続けることが困難に陥ったのです。


神学校での学びを続けていくためには、アルバイトをする必要が生じたのです。経済問題で、ピンチに陥り、神様直接に向き合わざるを得ない状況に追いやられたのです。神学校に入る前には、様々なかたちで、人々からの助けやサポートを受けて、助けてくださる方々の存在が周りにいたことで、私の中に、人依存や、物質依存が沁みついていたように思います。ところが、置かれた環境が全く異なる場所である神学校に導かれて、身近に助けを受ける人々の存在が一人もいなくなったのです。実家の母にも、家族の兄弟たちにも、母教会であるS教会の恩師のS師も含め、母教会の誰にも、また、神学校の校長、教師、奉仕教会の誰にも、また、自分と同じ他の神学生にも、人には誰にも相談をしませんでした。いや、神様が、私に、人に相談させないように、人に助けを求めさせないように、ただ、神様のみに相談させるように、神様のみに助けを求めさせるようにと導かれたのだと思います。


この時に、私の助けとなった信仰書は、「ハドソン・テーラー キリストに生きた人」(いのちのことば社出版)と、「信仰に生き抜いた人 ジョージ・ミューラー その生涯と事業」(いのちのことば社出版)の2冊でした。これらの2冊の信仰書を読むことを通して、祈りを通して、生きて働かれる、現実的、実際的に、神様直接依存の恵みを受けるようにさせられたのです。この二人の信仰者に、神様からの賜物として与えられていた神様依存体質は、過去から現在に至るまで、全世界の多くのクリスチャンに多大な影響と感化を与えていますし、今でも、私にとって大きな霊的財産の一つとなっています。


まだ、二人の信仰者のこの書籍をお読みでない方には、すでに読まれた方々からの話として知っていることに終わらせることにしないで、ご自分で時間をかけてお読みすることをお勧めします。そうするならば、それらは、実際に神様によってなされた事実の出来事であり、実話なので、生きて働かれる神様の感動を、自らが体験できることでしょう。そして、その本には、自分も、そのように祈って、神様を体験的に知りたいと思わせる恵みと力があります。


そして、夏休みの時、名古屋に行く片道の切符代だけ確保して、神様と私だけの内緒、秘密、秘め事にして、このように祈ったのです。「神様、これから、夏休みで、名古屋に行きますが、私が働くことが、あなたのみこころであれば、働きますので、アルバイト先を導いて備えてください。もし、私がアルバイトをすることが、あなたのみこころでなければ、あなたのお考えや、方法で、私の経済の必要を満たしてください。」と、祈って出かけたのです。


名古屋の母教会であるS教会に到着すると、J宣教師から、トラクト配布の奉仕を頼まれて、S教会の近隣の家々に、トラクト配布をするようになりました。そうこうする内に、三週間が経過しましたが、一向に、アルバイト先は導かれず、神様のお考えや方法での経済の必要の満たしも全くありませんでした。


40日間という限られた夏休み期間のこともあって、夏休みの半分の20日間が経過し、だんだんと焦りの気持ちが生じ、自分の我慢の限界に陥って、自分の考え、方法で、何かアルバイトをしようかと思った矢先に、「若木さん、あなたに10万円あげましょうか。20万円あげましょうか。」と、言われる人が、私の前に現れたのです。「いえいえ、そんな大金結構です。」と、最初は、お断りました。再度、同じことを言われて、また、二度目も同じように、お断りました。二度目でも霊的に鈍くて気づかなかったのです。そして、三度目に同じことを言われた時に、聖霊様によって、「あなたは、札幌の寮で、名古屋に来る前に、どのように祈っていたのですか。」と、問われることによって思い起こされ、はっと気づかされたのです。その祈りの答えとして、私がアルバイトすることではなく、神様が、この方に働いて、私に与えることが神様のお考えであり、方法だと気づかされたのです。それで、その方に「では、10万円ください。」と言って、10万円を感謝して受け取ったのです。後に、20万円いただいておけば良かったのにと後悔しましたが。


そのことが起こって後、次から次へと、神様のみわざを見させられるようになったのです。母教会のS教会の会計担当の役員から、「若木君、あなたに献金がありましたよ。」と、S教会のたくさんの教会員の方からの個人指定献金を受けたのです。幾ら、頂いたかを数えることをしませんでした。神様が、私が必要とする金額を知っておられたからです。今でも、幾らだったかは、正確にはわかりませんが、30万円以上だったように思います。もしかしたら、それ以上だったのかも知れません。神様のみが、ご存知です。


最後の極めつけは、別の役員の一人に、近くの喫茶店に呼び出され、「若木君、今後、あなたに、毎月、教会から3万円サポートしますが、それで大丈夫ですか。」と言われたのです。思いもよらぬことが、次から次へと起こったのです。そのような神様の不思議なみわざのおかげで、札幌の神学校に戻って、学費、寮費、食費、書籍代の8万円の赤字の金額を支払うことができたのです。


更に、その後の1年半の神学校を卒業するまでの期間、アルバイトを何一つすることなく、金銭が余るということもなく、足らないということもなく、全ての必要が支えられ、満たされて神学校を卒業させていただいたのです。


これらの出来事は、夏休みで名古屋に行く前に、札幌の神学校での寮において、自分と神様だけの内緒、秘密、秘め事にしていた祈り、「神様、これから、夏休みで、名古屋に行きますが、私が働くことが、あなたのみこころであれば、働きますので、アルバイト先を導いて、備えてください。もし、私がアルバイトをすることが、あなたのみこころでなければ、あなたの考えや、方法で、私の経済の必要を満たしてください。」との、この祈りから始まったのです。


執り成しのお祈りを、他の兄弟姉妹に、お願いすることも必要なことではありますが、ある課題の祈りは、神様と自分だけの内緒の祈り、秘密の祈り、秘め事の祈りをされることをお勧めしたいのです。


このことからの教訓ですが、正直、お金は、経済問題は、自分で働くなり、稼ぐなりして、自分で何とかしなけばならないものとの考えを持っていました。「別に天から、お金が降ってくるわけじゃあるまいし、神様は、私のお金、経済に関しては関与されないお方である。」と、そのように正直に思っていたのです。このことの体験を通されて、ハガイ2:8節「銀はわたしのもの。金もわたしのもの。」という、このみことばによって、お金、経済も、神のもの、主のものであり、金銭、経済は、神から、主からくるものであることを体験的に、全人的に知らされたのです。


ヤコブ1:17節「すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。父には、移り変わりや、天体の運行によって生じる影のようなものはありません。」


ピリピ4:19節「また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」と、確かな神様の約束のみことばもあります。


このこと、今も生きておられ、現実的に、実際的に働かれ、必要を具体的に満たされる、私とともにおられるインマヌエルの神様体験を、きっかけに、祈りのノートをつけるように導かれたのです。


「主は今、生きておられる。我が内におられる。全ては、主の御手にあり、今日も生きよう。主がおられる。」


「主は今、生きておられる。我が内におられる。全ては、主の御手にあり、明日も生きよう。主がおられる。」


「主は今、生きておられる。我が内におられる。全ては、主の御手にあり、永遠に生きよう。主がおられる。」


ハレルヤ!
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