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3.私が救いに導かれたプロセス(3)

更新日:2024年5月14日

前回、私は、S教会での礼拝出席中に、自分の固く閉ざされた心の深いところに、復活されて今も生きておられるイエス・キリストの「あなたは、わたしを神としていない」という語りかけられる御声を聞いて、その日に、イエス・キリストを信じ受け入れたことを分かち合いました。その日以来、それまでの半年間、礼拝でのメッセージや、その教会のクリスチャンたちから聞いていた聖書のことばである、イエス・キリストは、人間であるとともに、神様であること、私たちの罪のために十字架につけられて死なれたこと、墓に葬られたこと、三日目によみがえられたこと、そして、今も、イエス・キリストは生きておられるということが、何の抵抗も違和感もなく、素直に信じ受け入れられるようになったのです。

 

そればかりではなく、聖書に書かれている様々な奇蹟、例えば、イエス様が、5つのパンと二匹の魚だけを通して、男だけで5千人以上の人たちのお腹を満たされたこと、水をぶどう酒に変えられたこと、湖の上を歩かれたこと、様々な病気の人々を癒されたこと、死人さえも生き返らされたことなども、素直に信じ受け入れられるようになったのです。

 

イエス・キリストは神様なのだから、そのようなことがお出来になられて当たり前ではないか、当然ではないか、いや、むしろ、そのようなことがお出来にならなければ、神様とは言えないではないかとさえ思えるようになったのです。後になって、イエス様は、聖霊様を通して、様々な奇蹟を行っておられたことを知るようになりましたが。(参照:ルカ4:18~19節「主の霊(聖霊様)がわたしの上にある。貧しい人に良い知らせを伝えるため、主はわたしに油を注ぎ、わたしを遣わされた。捕らわれ人には解放を、目の見えない人には目の開かれることを告げ、虐げられている人を自由の身とし、主の恵みの年を告げるために。」)

 

ちょうど、水道の蛇口からは水は流れているにも拘わらず、水道管に繋がれたホースの中に障害物があって、水が流れ出て来なかったのが、障害物が取り除かれたことによって、水が勢いよく流れ出るような、ちょうどそのような感じでした。

 

イエス・キリストが、人間であるとともに、神様でもあり、今も生きておられるお方であることを信じ受け入れられるようになって、何の疑いもなく、神様のことばである聖書のことばも素直に信じられるようになったのです。

 

このことから、イエス・キリストが、人間であるとともに、神様でもあり、今も生きておられるお方であることを信じられないなら、神様のことばである聖書のことばも信じられないのです。しかし、イエス・キリストが、人間であるとともに、神様でもあり、今も生きておられるお方であることを信じられるなら、神様のことばである聖書のことばも素直に信じられるようになるのです。そして、イエス・キリストが、人間であるとともに、神様でもあり、今も生きておられるお方であることを信じられるようになるためには、父なる神様と、聖霊様の働きかけである恵みを必要とするのです。

 

父なる神の働きかけの恵みの根拠となる聖書箇所は、マタイ16:13~17節である。「さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに「人々は人の子をだれだと言っていますか」とお尋ねになった。彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人たちも、エリヤだと言う人たちもいます。またほかの人たちはエレミヤだとか、預言者の一人だとか言っています。イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」シモン・ペテロが答えた。「あなたは生ける神の子キリストです。」すると、イエスは彼に答えられた。「バルヨナ・シモン、あなたは幸いです。このことをあなたに明らかにしたのは血肉ではなく、天におられるわたしの父です。」

 

聖霊様の働きかけの恵みの根拠となる聖書箇所は、二つあります。一つは、Ⅰコリント2:11~14節である。「人間のことは、その人のうちにある人間の霊のほかに、いったいだれが知っているでしょう。同じように、神のことは、神の霊のほかにはだれも知りません。しかし私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神からの霊を受けました。それで私たちは、神が私たちに恵みとして与えてくださったものを知るのです。それについて語るのに、私たちは人間の知恵によって教えられたことばではなく、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばによって御霊のことを説明するのです。生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらはその人には愚かなことであり、理解することができないのです。御霊に属することは御霊によって判断するものだからです。」

 

もう一つは、Ⅰコリント12:3節である。「ですから、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも「イエスは、のろわれよ」と言うことはなく、また、聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。

 

ですから、イエス・キリストが、人間であるとともに、神様でもあり、今も生きておられるお方であることが信じられるように、父なる神様と聖霊様が、自分の心と思いに働きかけてくださるように恵みを求めることをお勧めします。

 

自分の視点で、私の救いに至るプロセスをまとめてみると、1.父の病気を機に、水上生活から陸上生活へ移ったこと。2.高校の第一志望校は不合格し、第二志望校に進学することで英語クラブに入部したこと。3.英語クラブの顧問の教師から紹介されたことによってF宣教師との出会いがあったこと。4.愛知県の電機会社に就職したこと。5.会社の寮生活を通して、寮生の一人のHさんに無料の英語クラスを餌にしてS教会に誘われたこと。6.半年後、19歳の時に、S教会にご臨在(肉眼では見えないが、霊的かつ現実的に存在、現臨)しておられる復活のキリストの御声を聞き、神との出会いを体験し、イエス・キリストを信じる決断に至ったことになります。

 

それら私の人生の一コマ一コマの出来事の全てにおいて、神様が連続性を持って関わっておられたことが、今になるとよくわかるというか、よくはっきりと見えますし、よく理解できます。山頂に辿り着いて、自分がそこに辿り着くまでの今までの歩いてきた道程がはっきりとわかるように。

 

しかし、聖書のことばであるエペソ1:4~5節には、次のように書かれてあります。「すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。」つまり、私が、この世に存在する以前に、天地万物が創造される以前に、永遠の存在者であられる唯一の三位一体の神様(父なる神様、御子なる神様、聖霊様)によって、すでに神の子どもとして選ばれていたところから、救いのプロセスはスタートしていたということです。そして、永遠の世界における神様の選びがすでに先にあって、この地上の世界において、神様は、私の救いのプロセスを次のような1~8のご計画を通して救ってくださったのです。

 

神の視点からまとめますと、私の救いのプロセスは、1.天地創造以前に、私に対して、神様の永遠の愛による神の子どもとしての選びがすでにあったこと。2.神様によって定められた時である1955年2月3日に、父の寛造(かんぞう)と、母のスエの両親を通しての私の誕生があったこと。3.神様の摂理の中で、父の病気を機に、水上生活から陸上生活へ導かれたこと。4.神様によって開かれた高校の第二志望校において、英語クラブの入部に導かれたこと。5.神様の御手の中で、英語クラブの顧問の教師から紹介されたことによってF宣教師との出会いに導かれたこと。6.神様のみこころによって、愛知県の電機会社に就職を導かれたこと。7.神様のご計画によって、会社の寮に入ることで、神様が寮生の一人のHさんを私のところに遣わされて、無料の英語クラスを餌にしてS教会に誘うように導かれたこと。8.神様によって定められた時の半年後、19歳の時に、S教会にご臨在しておられる復活されたイエス・キリストの御声を聞き、今も生きておられるイエス・キリスト様との出会いを体験し、イエス・キリストを信じる決断に導かれたことに至るとなります。

 

イエス・キリストを信じることができないでいた私に、このようなプロセスを通して、イエス・キリストを信じるように臨まれた神様が、現在、イエス・キリストを信じることができないでいる方々にも、この恵みの分かち合いを読まれることが、イエス・キリストを信じるように至るプロセスの一つとして用いてくださいますように。アーメン。

 

ハレルヤ!

 
 
 

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