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4.私が救いに導かれたプロセス(4)

4.私が救いに導かれたプロセス(4)

 

前回、私がどのようなプロセスを通して、救いに導かれるに至ったか、一つ一つの出来事の背後に神様がおられて、連続性による神様の御計画によって救いに導かれたことを分かち合いました。その後、私が、北九州市の実家に帰省した時に、19歳の時に、愛知県のS教会で、イエス・キリストを信じて洗礼を受けたことを、ルーテル教団のF宣教師にお伝えしようと、黒崎に出かけたのですが、貸ビルの一室にあった教会は、そこにはなかったのです。そのため、同じルーテル教団の別の教会の牧師に電話をして、F宣教師の居場所についてお聞きしましたが、F宣教師は、日本を離れてアメリカに帰国されたとのことで、帰国先の住所も連絡先もわからないとのことでした。

 

聖書に次のようなことばがあります。ヨハネ4:37節「ですから、『一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れる』ということばはまことです。」私は、F宣教師によって、英語の学びをきっかけに、人生で初めて、北九州市にあるルーテル教団のキリスト教会の礼拝に導かれ、17歳の時に聖書のみことばの種が蒔かれました。そして、ルーテル教団のキリスト教会ではありませんでしたが、愛知県にあるS教会で、2年後の19歳の時に刈り入れられ(救いに導かれ)たのです。

 

未だに、F宣教師の居場所と連絡先と、存命の有無は不明で、コンタクトが取れていない状態でいますので、F宣教師は、私が牧師として召されたことを知らないでいるのです。F宣教師が、現在、存命されておられるのであれば、90歳位ではないかと思われます。お会いできていれば、また、連絡が取れていれば、F宣教師に、このように恵みを分かち合うか、お手紙を出していたと思います。

 

F宣教師へ。

 

51年前のことで、私が17歳の時のことですので、先生は覚えていらっしゃるかどうかはわかりませんが、北九州市の黒崎で、高校時代に先生から英語を教えていただきました。その時は、大変お世話になり有難う御座いました。礼拝にも、お誘いしてくださったのにも拘わらず、その当時は、キリスト教を含め、宗教全般に関して、全く興味関心がありませんでしたので、一度だけの礼拝出席で、大変失礼致しました。また、先生が紹介してくださった名古屋の教会にも、そのような理由と、自分の人見知りの性格と、寮から遠方であったこともあって、そこでも、一度だけの礼拝出席だけで続きませんでした。

 

しかし、先生が英語を教えてくださったことと、先生の出された宿題「あなたは10年後、何をしていますか。」のおかげで、自分の人生のプランを考える良い機会となりました。

 

愛知県での電機会社に勤め、電機技術者を目指しつつ働くようになりました。また、仕事を終えて、英会話スクールにも通いました。そして、21歳の時には、プランの一つであった米国カリフォルニア州北部のサンタクララ群に位置するロスガトスでの40日間のホームステイの体験もできました。午前中は、キリスト教会で英語を学び、午後は、フリータイムでした。

 

韓国人の孤児の男の子(5歳)と、女の子(8歳)の一人づつを養子に迎え、二匹の人慣れした犬を飼っているホストファミリーの家(クリスチャンホームではなかった)に、お世話になりました。近所の子供たちと一緒に、トランプ遊びをしたり、プールに行ったりして楽しい時を持てました。ディズニーランド、ヨセミテ国立公園、フィッシャーマンズ・ワーフ、ゴールデン・ゲート・ブリッジなどの観光スポットにも行きました。野生のリスが、エサを求めて、私に近づいて来るような人慣れしていたのには驚きでした。また、サンフランシスコの町の坂道を歩きつつ、路面電車にも飛び乗りました。懐かしい思い出です。また、LP版のレコードが安価なのに驚き、日本の半額で、ジョン・デンバーの「CОUNТRY RОADS(故郷に帰りたい)」を購入した覚えがあります。

 

また、ホストファミリーの近所にお住まいの方で、高校の音楽の教師で、かつ、教会のオルガニストであるクリチャン男性のⅮ師が、日本への観光旅行に行って来られたということで、スライド上映を兼ねたバーベキューパーティに、ホストファミリーとともに私も加えて誘ってくださいました。D師は優しく親切な方で、教会の礼拝にも誘ってくださり、自宅にも招いて下さり、また、娘さんが通われている高校にも連れて行ってくださいました。そして、「ТHE ТASТE ОF NEW WINE」(新しいぶどう酒の味わい)という信仰書をプレゼントしてくださいました。そして、「更に、英語を勉強して、また、来なさい」と、言ってくださいましたが、しかし、残念ながら、現時点まで、再度、道は開かれていません。先生の出された宿題のおかげで、このように楽しい米国旅行の体験ができました。有難う御座いました。

 

特別に先生に感謝することがあります。今なら分かります。先生は、私に最も大切なイエス・キリストの十字架による救いの恵みに預かるようにと、礼拝にお誘いしてくださったことを、そして、私の救いのために祈ってくださっていたのだということを。

 

神様は、先生を種を蒔く人として、尊く用いられました。そして、私は、愛知県での電機会社に就職することで、寮生活をするようになって、神様は、寮生の一人でクリスチャンのHさんを遣わされて、S教会で、復活されて今も生きておられるイエス・キリストの「あなたは、わたしを神としていない」という御声を聞き、イエス・キリストを神とせず、敬う気持ちも全くなかった私の罪(罪人である私)のために、身代わりとなられて、十字架について死んでくださり、墓に葬られ、三日目によみがられたことを信じるように導かれて、19歳の時に洗礼を受けることができました。そして、その後、愛知県の電機会社を辞職し、名古屋にあるキリスト教書店に勤務することになりました。その後、26歳で北海道の神学校に導かれ、卒業後、29歳で牧師に導かれて現在に至っています。

 

「あなたは、10年後、何をしていますか」という、先生が出してくださった宿題の答えは、正確には12年後でしたが、牧師でした。自分の計画では、電気技術者でしたが、神様の私への御計画は、牧師でした。エレミヤ29:11節「わたし自身、あなたがたのために立てている計画をよく知っている。ー主のことばー。それはわざわいではなく平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」このみことばに出会い、人生は、自分が自分のために立てた計画が実現するのではなく、神様が私のために立てておられる御計画が実現することを、身をもって教えられたことです。

 

先生の福音の種蒔きの働きと、とりなしのお祈りを通して、私のように別の教会で刈り入れられた(救いに導かれた)人が、他にもたくさんおられるかも知れません。主が、先生に大いなる慰めと、励ましと、信仰による喜びと、豊かな報いを与えてくださいますように。

 

主にあって感謝して。

 

ヨハネ4:36~38節「すでに、刈る者は報酬を受け、永遠のいのちに至る実を集めています。それは蒔く者と刈る者がともに喜ぶためです。ですから、『一人が種を蒔き、ほかの者が刈り入れる』ということばはまことです。わたしはあなたがたを、自分たちが労苦したのでないものを刈り入れるために遣わしました。ほかの者たちが労苦し、あなたがたがその労苦の実にあずかっているのです。」

 

このみことばによると、労苦したのは、刈り入れる者ではなく、種蒔きをした者だと言っている。福音の種蒔きを何年も、何十年も労苦しながらも、刈り入れを見ることができないでいるクリスチャンへの神様の励ましでもあるかと思います。

 

Ⅰコリント15:58節「ですから、私の愛する兄弟たち。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは、自分たちの労苦が主にあって無駄でないことを知っているのですから。」

 

主よ。私のためにF宣教師を福音の種まく人として備えてくださって有難う御座いました。現在、存命しているのであれば、この地上でも豊かな報いを、もし、天に召されているのであれば、天の御国において、豊かに報いてくださいますように。アーメン。

 

ハレルヤ!

 
 
 

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