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5.私が救いに導かれたプロセス(5)

愛知県の電機会社には、たくさんの寮生がいましたが、その会社に三年間勤務した期間において、私の知る限りにおいて、救いに導かれたのは、男性では、H兄と私だけ、女性では、H兄の奥様だけだったように思います。他にもクリスチャンが、おられたかも知れませんが。


 


人の救いにおける神の選びに関して、神は、聖書を通して、次のように語っておられます。




それは、Ⅰコリント1:26~29節にあります。「兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば、知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち、無に等しい者を神は選ばれたのです。肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。」と、みことばにある通りです。これが、神の選びの実体であるのです。


 


私に復活されたイエス・キリストが「あなたは、わたしを神としていない」という御声をかけられたのは、私が何か特別な存在だったからではなく、どうしようもなく頑なで、強情で、自己中心で、高慢だったからです。神様の側で、そうでもしなければ、私が砕かれなかった。神様の前にへりくだることをしなかった。いや、へりくだることができなかったからです。つまり、どうしようもない頑なで、強情で、自己中心で、高慢な私が救いに導かれたのは、選ばれたのは、ただ、私に対する神の愛と恵みとあわれみのゆえです。


 


ローマ4:4節に、「働く者にとっては、報酬は恵みによるものではなく、当然支払われるべきものと見なされます。」と、記されているように、報酬は、人が働くことによって得られるもので、当然、受けるべき資格のある者に与えられるものです。


 


しかし、ローマ4:5節に、「しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。」と、記されているように、恵みは、人が何の働きもしていないのにも拘わらず、恵みの神を信じる者に与えられるもので、当然、受ける資格のない者に与えられる神のご厚意であるのです。


 


私は知者に属している者ではなく、力ある者に属している者でもありません。また、身分の高い者に属している者でもありません。私は、この世の愚かな者に属している者であり、この世の弱い者に属している者です。この世の取るに足りない者や見下されている者に属している者です。無に等しい者に属している者です。


 


神の御前で、自分は優秀だから選ばれたのだ、救われたのだと言う、自分を誇ることを完全に否定するのです。むしろ、自分は罪深い者なのに、無きに等しい者なのに選ばれたのだ、救われたのだと、ただ、神の無条件の愛によって、神の恵みによって、神のあわれみによって選んでくださったのだ、救ってくださったのだと、ただ、神を誉め讃えることが、自分が召されたことにおいて持つ健全な態度であるのです。


 


自分の選びの召しと救いに対して、決して自分を誇ることはできないのです。自分は、他人とは異なる特別な存在だから、優秀だから、神によって選ばれたのだ、救われたのだと思う自惚れ、誇る高慢と同時に、自分は、他人と違って、どうしようもない無力な者で、無能な者で、無価値な者で、みじめな者だから、神に選ばれる資格はない、救われるはずはないと思う自己卑下、自己否定のどちらをも否定するのです。ただ、神の恵みによる選びと召しと信仰による救いという神の賜物なのです。


 


エペソ2:8~9節「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」


 


ハレルヤ!

 
 
 

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