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5.船舶生活での懐かしい思い出(5)ー魚介類の宝庫の場所であった無人で無名の陸地でのエピソードー

私の両親の船舶での仕事の休みは、基本的には、日曜日と祝祭日でした。冬の時期と、雨天の場合を除いた干潮時には、月1~2回の頻度で、日曜日や祝祭日に、家族全員で、チャッカー(エンジンのついた小型船、自家用車に相当する)に乗船して、片道2時間位の場所にある小さな陸地に出かけました。そこに出かけることが、子どもの頃の私にとって、楽しみで楽しみで仕方がなかったのです。そこは、魚介類の宝庫の場所だったからです。


 


母と姉たちと私は、イシダタミガイ(貝類の一種)、アサリ、ナマコ、カニなどを収穫しました。父と兄たちは、チャッカーに乗って、その陸地から少し沖に出て、サバ、アジ、メバル、タイ、太刀魚、フグ、カサゴ、カレイなどの魚を釣りました。


 


その場所は、無人で無名の陸地で、入漁料を払う必要はないため、ゲットした魚介類は、全て、無料でした。店頭で購入すれば、少なくとも、2万円以上の相当価値だったと思います。


 


知り合いの人たちにも、お裾分けできる位の豊漁でした。何度も何度も、何年も何年も、いつもその同じ場所に行きましたが、飽きることはありませんでした。そして、毎回、同じ位の量の魚介類をゲットできました。その場所は、無尽蔵の場所のようであり、しかも、それも、無代価でした。その場所に行くまでのチャッカーの往復の燃料の重油代は、かかりましたが。 


 


今思うと、その場所は、神様から備えられた生活に必要な物質的な恵みの場所でありました。そして、ゲットした魚介類は、すべて、神様からの贈り物、恵みの賜物であったのだと、今なら理解できます。子どもの頃に、家族全員で出かけたその場所には、高校生の時から、現在に至るまで行ってはいませんし、もう、行く機会もなくなりました。今から30年ほど前に、北九州の実家に帰省した時に一度だけ、長男の孝兄さんが、チャッカーで、私と由起子さんと、臨と光歩を、別の場所に釣りに連れて行ってくれたことがありましたが。


 


あの無人で無名の陸地の場所から、現在の私にとっての無尽蔵の場所、無代価の場所は、神様のご臨在の場所であるイエス・キリストの十字架(血)の場所に替えられました。霊的、物質的、全人的な神様の恵みを信仰によって受け取るための無尽蔵の場所、無代価の恵みの場所です。


 


永遠の愛、無条件の愛、無償の愛の無尽蔵、無代価の恵み、罪とサタンと死の奴隷からの解放の無尽蔵、無代価の恵み、罪の赦しの無尽蔵、無代価の恵み、神の子どもとされた無尽蔵、無代価の恵み、三位一体の神様の内住の無尽蔵、無代価の恵み、復活のキリストの証人とされた無尽蔵、無代価の恵み、聖霊の満たし(聖霊の油注ぎ・聖霊充満)の無尽蔵、無代価の恵み、キリストと同じかたちに姿を変えられていく無尽蔵、無代価の恵み、御霊による啓示を通して神を知ることのできる無尽蔵、無代価の恵み、霊的・精神的(鬱からの癒し)・肉体的の全人的癒しの無尽蔵、無代価の恵み、危機的状況からの救出の無尽蔵、無代価の恵み、経済的必要の満たしの無尽蔵、無代価の恵み、復活のからだの無尽蔵、無代価の恵み、天国の国籍の無尽蔵、無代価の恵み、等々、様々な無尽蔵、無代価の神様の恵みを受けてきましたし、これからも受け続けさせていただけます。ただ、ただ、イエス・キリストの十字架の無尽蔵の場所、そして、イエス・キリストの血の代価(贖い)による無代価の恵みのおかげです。有難いことです。


 


エペソ1:3~14節「私たちの主イエス・キリストの父である神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天上にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようされたのです。神は、みこころの良しとするところにしたがって、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられました。それは、神がその愛する方にあって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。このキリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。」


 


ピリピ4:19節「また、私の神は、キリスト・イエスの栄光のうちにあるご自分の豊かさにしたがって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」


 


ハレルヤ!

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