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7.主からの最初の派遣先である小樽の教会における懐かしい思い出(7)

私は、神学校で、聖霊様の満たしの恵みの体験にあずかったことから、小樽の教会に赴任して、教会の兄弟姉妹たちにも、この恵みにあずかって欲しいとの思いから、しばらくの期間、聖霊様に関するメッセージをするようになりました。


 


そのような中で、火曜日の午前10時から、婦人会の集会を行っていた時のことですが、S姉の様子を見ると、口から、一言も何も、ことばを発していないにも拘わらず、内なる人の霊が、燃えているのを感じましたので、


 


それで、私は、「S姉妹、何か、あなたにあったでしょう」と尋ねますと、「はい」と答えられたのです。


 


それで、「次の日曜日の礼拝の時に、あなたに時間を差し上げますので、あなたの身に起こったことを証しをしてください」と、お願いしたのです。


 


S姉に伺った話によりますと、以前、ある時に、S姉が、私に、「自分の家族が救われるためには、どうしたら良いでしょうか」と、尋ねられたことがあったとのことです。


 


その時、私は「それは、S姉が変わることです」と答えたそうですが、


 


それが、私から出たことばではなく、聖霊様が、私の口を通して、S姉に、直接語られたことばだとはっきりわかったそうです。


 


それから、聖霊様によって、「自分を変えてください。私を変えてください」と祈るように導かれたそうです。


 


そして、日曜日の礼拝の時に、S姉は、「私は、自分を変えてください。私を変えてくださいと祈っていましたが、神様との交わり、デボーションから、一日を始めず、新聞を先に読んでいる自分、


 


それは、取りも直さず、神様を第一にせずに、疎かにしているという自分の罪が示され、それから、次から次へと悔い改めるべき罪が、聖霊様によって示されたそうです。


 


そのようにして、神様の御前で、何日間にもわたって、聖霊様に導かれて、悔い改めの祈りが導かれたのです」と、証しをされたのです。


 


証しが終わると、普段は、物静かで控えめなS姉でありましたが、


 


「主よ、あなたは、私の力。主よ、あなたは、私のいのち。主よ、あなたは、私のすべて。主よ、あなたを誉め讃えます。」と、


 


御霊に導かれ、御霊の愛、御霊の力、御霊のいのちに満たされて賛美をされたのです。


 


私も含めて、その日の日曜日の礼拝に出席されていた人たち一同、みな、聖霊様のみわざに圧倒されたのです。


 


「まさか、この人が」と、思うような人に臨まれた聖霊様のみわざに驚かされたのです。


 


このことは、今から35年前の出来事のことですが、私は、S姉が賛美した歌詞とメロディーを、今でも忘れることなく覚えているのです。


 


このS姉を通しても、聖なる神様との出会いの体験、聖なる神様の御前に出る臨在体験によって、聖霊様による罪の示しと、その示された罪を正直に認め、神様と同意する罪の告白をして後、


 


今度は、愛なる神様との出会いの体験、愛なる神様の御前に出る臨在体験に導かれるという、悔い改めの後に、聖霊様に満たされるという霊的原則を見たのです。


 


私たちが、「まさか」という、神様の恵みの世界に、生かされていることは、何と幸いなことでしょうか。


 


それは、あなたにも、私にも、誰にでも、人は変えられる、満たされる、救いがある、望みがある、恵みにあずかることができるという、私たちに対する神様からのメッセージなのですから。


 


ここ最近、S姉から伺った証しですが、今から4年前の2020年の12月のクリスマスの時期に、ご主人の体調が弱っている時に、


 


御霊に導かれて、S姉が、ご主人に、イエス様のことをお伝えし、救いの導きをされて、ご主人が、77歳の時に、イエス様を心にお迎えし、救いに導かれたとのことです。


 


聖霊様は、32年もの長き年月にわたるS姉の「家族を救うために、自分を変えてください。私を変えてください」という祈りを覚えておられて、


 


私が小樽の教会から離れて、32年間の歳月を経過した後、ご主人の救いを、「クリスマス・プレゼント」として、与えてくださったのです。


 


ルカ1:13節「恐れることはありません。ザカリヤ。あなたの願いが聞き入れられたのです。」


 


ハレルヤ!

 
 
 

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