9.北海道の神学校での忘れられない神様からの大切な学び、お取り扱い、贈り物(9)
- funaborigracechape
- 2024年4月15日
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前回の最後の文章から再開します。
その内の一つの教会は、私が三年の時に、奉仕教会として仕えていた教会でした。そこは、ОMFの宣教師ご夫妻が、牧会していた教会でした。
もう一つの教会は、ОMFの女性宣教師が、牧会していた教会でした。その女性宣教師は、賛美の賜物が与えられていて、ピアノの奏楽に霊の感動があり、オリジナルの賛美を作っていた先生でした。聖霊様に開かれていた先生でした。
この二つの教会のどちらかであれば、女性宣教師が牧会する教会に決めていたと思います。
今、思うと、教会のかしらである主イエス・キリスト様と、教会に失礼な話ですが、そちらの教会の方が、私の好む教会、行きたい教会だったからです。
ところがです。
神学校のТ学院長から、「北海道の別の教会に、あなたのことを推薦しているので、その教会に、日曜日の礼拝メッセージの奉仕に出かけてください。
昼食後、あなたを招聘するかどうかの教会員との交わりの時、懇談の時、質疑応答の時を持ちますので、準備してください。」と、急に、突然に告げられたのです。
三つ目の教会の話が導かれたのです。
そして、Т学院長の言われるまま、その教会で、日曜日の礼拝メッセージの奉仕をし、午後に、昼食をしつつ、教会員との交わり、懇談の時、質疑応答の時を持ったのです。
二週間後、Т学院長から、その教会の教会員全員一致で、あなたを招聘したいとの申し出があったことを聞かされたのです。
それまで、その教会は、ОMFの宣教師たちが牧会してきた教会でしたが、日本人牧師として、私が初めての牧師として招聘されたのです。
これら一連の動きの中に、聖霊様の導きがあったことを覚えるのです。聖霊様のことばによる語りかけがあり、自分主導から、聖霊様主導に、明け渡し、委ね、お任せしていたからです。
自分が好む教会か、そうでない教会か、自分が行きたい教会か、そうでない教会かという、自分の肉で、自我によって決定することを止め、放棄し、
聖霊様のご人格、ご意思によって、派遣されるべき教会、仕えるべき教会を決めていただく、決定していただくことを選択したからです。
最後に、「ジョージ・ミューラーの祈りの秘訣」(いのちのことば社出版)の書籍から、「神様のみこころを確かめる方法」を参考に紹介したいと思います。
1.みこころを求める時、私はまず自分の心が全く意思を持たないような状態(白紙状態・ニュートラル・ギア)になることを求める。
多くの人にとって、トラブルの十分の九はまさにここにある。
主のみこころがどこにあれ、私たちの心がそれに従う備えをするなら、困難の十の九は克服されているのである。
このような状態にあるなら、主のみこころが何であるかを知る一歩手前にいるのである。
2.この後、私はその結果を感情、あるいは、ぼんやりした考えに委ねない。もしそうするなら、大きな思い違いをすることになりやすいのである。
3.神のみことばである聖書を通して、あるいは、みことばと関連して、御霊の御思いを求める。御霊とみことばに結びつけられなければならない。
もし、みことばなしに御霊のみを見るなら、大きな間違いを犯すことになる。聖霊は聖書に従って導くのであって、決して聖書に反してなさることはない。
4.次に、私は神の導かれる出来事を考慮に入れる。それは、みことばと御霊との関連において、神のみこころをはっきりと指し示していることがしばしばある。
5.祈りの内に、神にご自身のみこころを正しく示していただくことを求める。
6.このように神への祈り、みことばの学び、黙想を通して、自分の能力を、知識を最大限に用いて、慎重な判断に到達する。
そして、もし心が平安であり、さらに、二、三度嘆願して後もそれが続くなら、その判断に従って行動する。
ささいな事柄においても、重要な事柄においても、私はこの方法が常に有効であることを知らされているのである。
以上。
ハレルヤ!
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