9.最初の派遣先である小樽の教会における懐かしい思い出(9)
- funaborigracechape
- 2024年6月17日
- 読了時間: 3分
小樽の教会に赴任して、しばらくすると、教会の役員の一人のY兄から、幾度となく、「若木先生、結婚はまだですか」と、「早く結婚してください」と言わんばかりに、催促されるようになりました。
聖書を開いて読んでいるうちに、マタイ19:12節に「母の胎から独身者として生まれた人たちがいます。」という、みことばに目が留まって、「母の胎から独身者として生まれた人が、自分であったらどうしよう」という不安が少し生じましたが、
「主よ。もし、私が独身者として生きることが、あなたのみこころであれば、受け入れます。しかし、私が独身者ではなく、結婚することが、あなたのみこころであれば、どうぞ、結婚相手を導いてください」と祈るように導かれたのです。
そのことがあって、三度の食前の感謝の祈りの時にも加えて、事あるごとに、「結婚相手を導いてください」と祈るように導かれたのです。
今振り返って、このことを思うと、その役員の一人のY兄の祈りに、聖霊様が心動かされて、私にそのように祈るように導かれたような感じがするのです。
しばらくして、ある時、創世記2:22節「神である主は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げ、人のところに連れて来られた。」という、このみことばが、聖霊様によって、目と心に留めさせられたのです。
そして、この聖書のみことばにより、「もし、私が結婚することが、神様のみこころであるなら、誰が私の結婚相手になる人かと、私が、あちらこちらに出かけて行って、探し回らなくても、
じっとしていれば、神様が、私のところに、結婚相手となる妻を連れて来てくださる」との思いと信仰が与えられたのです。
ローマ10:17節に、「ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。」と、ある通りです。
それから、「主よ。私以外の人を用いて、私の妻となる結婚相手を導いてください」と祈るように導かれたのです。
そのような中で、小樽の教会に赴任して二年目に、札幌のF教会で牧会しておられたB師を招いて、「聖霊の満たし」というテーマで、一泊二日の修養会を行うことを、聖霊様によって導かれたのです。
B師に、修養会の講師として、お願いした後、しばらくして、B師から電話がありました。「何故、若木先生は、私に、この聖霊の満たしというテーマで、私を講師として依頼されたのかと考えました。
若木先生、それは、単なる知識的な学びではなく、聖霊様とみことばによる体験的な修養会となることを望まれているのではないかと考えましたが、如何ですか」と尋ねられたのです。
私の願い思いは、まさしくそうであったので、私の心の願い思いを読み取られた、このB師は、聖霊様との生きた人格的な交わりをされておられる先生だなと強く印象に残ったのです。
そして、B師が、修養会でメッセージをしているその集会中に、私の思いの中に、B師を通して、結婚相手の方を導いてもらいたいという聖霊様からもたらされる強い願望が起こされ、
B師にも、誰にも内緒で、主に、「B師を通して、私の結婚相手を導いてください」と祈るように導かれたのです。
その後、しばらくして、B師の牧会するF教会で、弟子訓練について教えていただく機会があって、F教会に出かけることになりました。
そして、出かける前に、「主よ、今日は、弟子訓練について教えを受けるために出かけます
が、どうぞ、私の結婚に関することを、B師の口から話題にさせてください」と祈って出かけたのです。
次回に続く
ハレルヤ!
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